K15.せんせーとともだち

 結局遅くなったので昨日はほとんど勉強会なんてできなかった。でも、神戸はこの前説明したところもLINKで『ここみんな詰まってるから教え方教えて!』と質問してきた。教え方教えるって何?

 そんなこんなであまり寝ることも出来ずに早めに学校に来てしまった。燈は今日も仕事らしく、慌ただしく吉川さんの車で向かって行った。いつもより早いので神戸も多分いないだろう。


「あ、おはよっす」

「……何?」

「やっ、ちょ。待ってって」


 誰もいないと思っていた教室には、クラスメイトがいた。ツムギと神戸に呼ばれている人だ。俺の机の上で足をぷらぷらさせてスマホを弄っていた。


「……まずは、さ。ごめん! いや、ごめんなさい! すみませんでした!」

「なにが」

「明石のこと悪く言ってたこと。それと、栞凪のこと任せたこと」

「前半は……まあ、どうでもいいかな」


 というかむしろ、それを言ってたのはツムギじゃなくてユサの方だし。裏で言っていたのかもしれないけど、だとしてもそのことで謝るとしたらユサの方だろう。それに、ユサが何か言うたびに最近はそれをやめるような言い方もしていたのを知っている。そしてなにより、神戸のことがあったこのタイミングで謝られても、そこに謝罪の気持ちを感じるのは難しい。

 あと、神戸のことは謝られる筋合いもない。

 ただ、ちらっと見えたスマホには『気になるクラスメイトとの距離の縮め方』という見出しは見えた。それは多分見るサイトから間違ってると思うけど、気持ちだけはなんとなく伝わった。


「つむぎは神戸と仲直りしたいと思うか?」

「え、なんで名前呼び……」

「ごめん、名前知らない」

「えぇ、一応中学同じなんだけど……御調紡みつきつむぎ。まあ、あーしは別に紡って呼ばれるの嫌いじゃないからいーけど」

「御調」

「……まあいや。あーしは、うん。仲直りしたい。というか、謝りたい。それで許してもらえなくても、謝りたい。あと、建前じゃなくて明石にも申し訳なかったって思ってる」

「俺は別に怒ってもないし、強いて言えば御調のことはどうでもいいかな」


 でも、なんとなく御調は神戸のことがちゃんと大切なんだろうというのは伝わってくる。「どうしたらいーかなぁ……」と呟いていた。


「あ、そだ。あーしもちゃんと勉強しようと思って。明石、栞凪の先生やってんでしょ?」

「なんで……いやそりゃわかるか」

「あーしにも教えてよ! やっぱり栞凪の負担になってる自覚あるからさ」

「それは……駄目だな」

「なんで!?」

「いろいろ事情があるから」


 多分神戸の方は負担ともなんとも思っていないのだろう。教えていると言っても以前までは神戸も赤点ギリギリだったわけだし、今でも御調たちは補習があるくらいだ。

 それに、これから神戸はちゃんと彼女たちの先生をするらしいから。その役割を俺が奪ってしまうのはよくないと思う。


「んー、まあそりゃそうだ。つかこれで親切に教えてくれるってなっても人が良すぎるし。やれることは自分で考えてみる」

「……まあ、先生に言われたことがわからなかったら聞いてくれてもいいけど」

「マ?」


 あくまで神戸は俺がすごいって言いたいわけだから、その辺の補助をしても問題はない、と思う。


「……あと、さ。優紗のこと。明石のことめちゃくちゃ悪く言ってたりしてた子。あの子のことも代わりに謝っとく」

「それは聞かない」

「だよね」


 多分、あいつは俺に悪いとは思ってないだろうし。別にそう思われたいとも思っていないからいいけど。だから、許すもなにも俺はそのユサと関わろうとは思わない。御調とも、今後機会がなければ特に話したいとは思わない。


「これ、あーしのLINK」

「いらない」

「栞凪になんかあったとき、すぐに連絡させてほしい。今はあーしよりずっと、明石の方が頼りになる」

「……そういうことなら」


 神戸のためと言われると断れない。御調がスマホに表示させてQRコードを読み取ると、仲良さそうに神戸と写真を撮る御調のLINKのアイコンが表示された。本当に仲良しなんだなぁ。ちょっとだけ羨ましい。

 そういえば、結局神戸は今日のテストは大丈夫だろうか。目の前の御調はなんでもなさそうにスマホを弄っている。お前は絶対大丈夫じゃないだろ。


「あ、そいや明石……」

「ごめーんユキせんせー遅くなっツムギ!? なにしてんの!? わたし本気で怒ってるんだけど!?」

「神戸、落ち着いて」

「ユキせんせーもいつもそうやって言うじゃん! もうほんと、ツムギも……」

「いやほんと違うから。落ち着いて、座って」

「えっ、えっ? あ、うん? えっ?」


 神戸の肩を掴んで席に座らせる。驚いたような、戸惑ったような顔で席に座った神戸は、俺と俺の机に座る御調の顔を見比べるように視線を向ける。


「ごめん、栞凪。いや、栞凪に謝ることじゃないのはわかってるんだけど……それでも、ごめん。明石のこと悪く言って。というか、優紗に乗っかるみたいなことしてて、ごめん」

「……ユキせんせーは、それでいいの?」

「そろそろわかってると思うけど、俺は別にどうでもいい。少なくとも御調は悪くないと思うし、その、ユサ? も、悪気が無いとは言わないけどまあ、本音を言ってただけだろうし」


 ただあまりにも声がでかすぎるけど。言うならせめて陰口にした方がいいとは思う。その点では御調も同じだ。ただ、それはそれとして御調がユサの分まで悪いと言うのは話が違うし、多少そういう雰囲気に合わせるのは仕方ないと思う。


「ユキせんせーがいいなら、いいけど」

「そんなことより、テスト。ここで神戸が赤点取ってたら世話ないぞ」

「そだった! えと、じゃあ、うーん……つ、ツムギも、勉強しよ?」

「あーしも、いいの?」

「い、いんじゃない?」


 なぜかカタコトになりながら話す二人が少しおかしくて、かわいらしい。そんな二人を見ているとなぜか笑みがこぼれてしまう。きっと、本当はこうやってなんでもない話をできたらそれでよかったんだろう。

 神戸は昨日も見せていたノートを御調に見せていた。もう俺の字だとわかっているのだろう、そのことには一切触れずに神戸に基礎の部分を教えてもらっている。


「神戸。今日の試験は課題の試験だから、そこは出ないよ」

「あっ、そか! ごめんツムギ、こっからしよ!」

「んー、りょ。……ありがと、明石」

「別に」


 ついさっきまでいろんなことで悩んでいたであろう神戸が、こんなに笑顔で笑っているのだ。礼を言いたいのはこっちの方だけど、御調にとってはなんのことかもわからないはずなので黙っておいた。

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