K2.陽キャの彼女の思惑
「どうして気づかないんだこの兄は……」
「さっきからなにを言ってるの燈は。俺にもわかるように教えてほしい」
「いや別に……いやぁ、でもなぁ……」
勉強会の後。夕飯を食べてしばらくしてからソファーでごろごろ転がりながら俺への恨み言のようなものをぶつぶつ呟いている燈は、俺が質問しても答えてくれない。さっきの勉強会で神戸と星島さんがなにか困ってたのに俺が気づかなかったとか、そういうことなら教えてほしいのだけど。
「まあ、なんというかさぁ。ああいう言い方されて、なんで素直に返してあげられないのさ。神戸先輩と遊びに行くのとか、嫌じゃないでしょ?」
「なんのこと?」
「いや言ってただろ遊びに行こって。しかも、わたしたちは誘わず、ユキせんせーにだけ。行ってあげなよ」
「あー……えっ、そういう冗談だろ」
「しゃらーっぷ! うわぁもうやめろもう喋るなぁ! しゃぁーらぁーっぷ! この主人公!」
ここまでの扱いをされるのは久しぶりだ。ていうか主人公って何?
たかが夏休みの宿題なのに少しペースが早いかな、とか。そういうことは考えたりするので息抜きとかは全然してもらって構わない。直前に友達と遊ぶ予定が入ったとかならそっちを優先してもらっているし、やりたくない日は来なくてもいいと伝えている。神戸は真面目な子なので多少気分が乗らない日でもちゃんと来てくれるから、その辺りの心配は別にしていない。
だから、別に俺が神戸と遊びに行く必要もない気がする。
「ちょっと楓さんにクレーム入れてくる」
「なんの?」
「お兄ちゃんの育て方間違ってますって苦情」
「なんで」
よくわからないけど俺が間違っているらしい。個人的には俺なんかに時間を使うより友達と良好な関係を築くことに時間を使ってほしいだけなんだけど、あまり燈には伝わっていないらしい。
「なんかよくわかんないなぁ。どう思う、紅葉」
隣で興味もなさそうにしていた紅葉に尋ねてみても首を傾げるばかりで、当然答えは返ってこなかった。燈のことなら相談に乗ってくれるのにね。
結局燈はどうすればいいのかも教えてくれないで、不機嫌なまま風呂に入って部屋に戻ってしまった。対して俺は、自室のベッドでスマホと睨み合っていた。
燈にも言われた通り、神戸と遊ぶのは別に嫌なわけじゃない。むしろ燈にも夏葉にもない明るさは俺にとっては新鮮だし、向こうからしたら迷惑な話かもしれないが楽しいとすら思うときも少なくない。二人でも神戸相手に気を遣いすぎることもない。
ただ、俺は神戸がわざわざ俺だけを誘うような言い方をしたのは、予定がある燈たちにさりげなくどこかで遊びに行きたいという意思を伝えたかっただけなんじゃないかと思っている。そうすれば、俺がどうにかして計画を立ててくれると考えているものだとばかり思っていた。
「……よし」
違ったら謝ろう。だけどもし俺なんかとでもどこかに遊びに行こうと思ってくれていたのなら、それはやっぱり嬉しいしせっかくの長い休みなら遊びに行きたいとも思う。それはみんなと一緒でも二人でも構わない。
それでも、やっぱり二人で出かけたいという話なら、男としては嬉しいわけで。格好はつかないかもしれないけど、そのときだけでも神戸をエスコートしてやりたいとは思う。その立場が似合うビジョンは見えないけど。
LINKを開く。一番上に出てきた神戸にメッセージを送る。
『どっか遊びに行くか』
遅い時間だからもう寝てしまっているだろうか。そう思って画面を閉じると、すぐに返信が来た。
『え』
一言。というか、一文字。そういえば神戸ってよく『えっ』って言うよな、なんて思いながらその先を待つ。
十分。三十分。返信はそれから来なかった。
「……ほらぁ! ともりぃ!」
お兄ちゃんは違うと思うって言ったぞ。この場にいない妹に文句を言いながら、俺はスマホの画面を消した。
返答に困らせてしまった。返信できないくらいに驚かせてしまったらしい、また今度謝っておこう。いや、もし嫌われていたらどうしよう。冗談真に受けるとかユキせんせーきもすぎー、とか言われたらどうしよう。
「……それはへこむなぁ」
そうじゃなかったらいいなと思いながらまぶたを閉じた。が、それから不安でしばらくは眠れなかった。
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