大切な青春の栞
K1.真夏の勉強会
「うわー! 綾川くん聞いてよユキせんせーがいじわるぅ!」
「あはは……」
期末試験から二週間。神戸と星島さんの成績は驚くほど伸びていて、本当は俺が教える必要もないくらいだった。それでも二人から頼まれたというのと、俺が二人のことをこれからも見ようと思ったから夏休みに入って五日経った今日もこうして集まっている。
「神戸、綾川は仕事中」
「じゃあもっと優しくしてもいいじゃん!」
「駄目。神戸は友達と遊ぶんだろ。それにやることもある」
「うぅ……でも、十日で宿題全部はきつくない……?」
「きつくない」
「まあ、優希はいつもそんくらいで終わらせてるもんね」
場所は綾川の家の喫茶店。正式な部活というわけではないので教室の利用許可が下りなかったから場所を探していると、綾川とその父から使ってもいいという話になった。ただし、喫茶店で出すメニューの試作品を食べることが条件になっている。
まだ使わせてもらうのは何度目かだが、綾川と星島さんも何度か話すうちに打ち解けてきたし、ここの常連さんも俺たちのことを――特にいつも明るい神戸のことを――わりと気に入ってくれているようで、応援の言葉をもらうことすらある。ありがたい話だ。
「がんばりましょう、神戸先輩……!」
「ぴーちゃーん……」
星島さんと神戸はいつもお互いに声をかけあって頑張っている。燈や夏葉が来れないときも、二人で自然と頑張れる環境ができるようになってきているみたいだ。
以前夏葉が食べたパンケーキはメニューに入っていて、今日は試作品のかき氷を出されている。こちらも好評で、でもまだ何かが足りないといつも夏葉と綾川の父は改良を重ねている。
「向こうで話してるなっちゃんは終わってるの?」
「夏葉はほっといても終わるからいいの。神戸はことある事にサボろうとしてるだろ」
「だってぇ……」
「ほら、文句言ってる暇あったらさっさとやろう。終わりかけになって焦る方がしんどいぞ」
「うー! はい!」
なんだかんだで神戸はやってくれる子だ。文句を言いつつも進行状況は悪くないし、十日は無理でも夏休み中には余裕をもって終わるくらいのペースだ。
「そだ! ユキせんせーどっかで遊び行こ?」
「えぇ……」
「えー! なにその嫌そうな反応! 海とか山とかいこーよ!」
「まあ、気が向いたら。あと神戸の宿題が終わったら」
「それ気が向かないやつ! でも宿題は終わらせないとね」
そもそも宿題が終わるか不安だから勉強会をまたやってほしいと言い出したのは神戸だった。おかげで星島さんの面倒も見られるから良いのだが、言い出したのならちゃんと宿題は終わらせてくれないと困る。
夏葉を除いた四人でそれぞれの課題を進める。宿題に使う時間が増えたおかげで、俺の方はもう終わりかけの状態だ。
「そういえば、綾川は大丈夫なのか?」
「うん。僕はそこそこ効率的に潰していくタイプだから、夏休みの中頃には終わるよ」
「そっか」
「へぇ、綾川くんもすごいなぁ……わたしそれ絶対ムリだ!」
「あはは……明石に手伝ってもらったらできるんじゃない?」
「どういうことだよ」
きっちり時間を決めてやるのは神戸には難しい気がする。俺やみんなの目があるから今はしっかりやってくれているものの、多分一人になったら集中できないタイプだ。一学期の間に俺が出していた宿題も何度か白紙で持ってきてしまったこともある。別に毎回きちんとやらなくてもいいと思っているので構わないけど。
「優希。次の休憩はいつ頃にする? かき氷、新しいの作りたいんだけど」
「話してて全然進んでない。二十分くらい待って」
「わかった」
いつの間にか夏葉はここのメニューを熟知してるな。
しばらく課題に集中して、夏葉に声をかけられて休憩をすることにした。
「んー……つっかれたー!」
「お疲れ。どれくらい進んだ?」
「こっからここまで!」
「お、偉い。よくがんばった」
「え、えへぇ……」
「うっわぁ! すっごいだらしない顔! 神戸先輩のそんな顔初めて見ましたよ!?」
「そ、そんなことないしぃ!? だよねぴーちゃん!?」
「ど、どうでしょう……でも、先輩の前だととても女の子な顔をする気がします?」
「なんだそれ。ほら、かき氷作ってくれたから、食べよう。感想忘れずに」
せっかく出してくれたのだから、溶ける前に食べた方がいい。そう思って言ったのだが、燈から生まれて初めてレベルの冷たい視線を向けられた。かき氷より冷たいくらいだ。
「はぁ……育て方間違えたかな……」
「待って。俺、燈に育てられてはないかな」
「うるさーい!」
「あははははっ! もーほんと仲いーなー羨ましーなー! あ、かき氷食べよ食べよ!」
楽しそうに身を寄せてくる神戸に若干たじろいだりしながら、その後も夏の勉強会を楽しんだ。
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