40.先生の怖いもの
「いやぁ、何がともあれよかったです」
本当にそう思う。楓さんの気持ちもわからないわけじゃないけど、ようやくできたお兄ちゃんの大切なものを離してほしくはない。
それに、この三人ならば。いつかわたしがいなくなったとしても、お兄ちゃんのことをずっと好きでいてくれるはずだから。
「燈、ちょっといいかな」
「ん? なになに?」
「先輩って昔、何かあったの? その、先輩に直接聞くべきなのはわかってるんだけど、ちょっと怖くて」
「あー……うん、そだね」
そういえば神戸先輩は知っているんだろうか。もしそうなら、そうか。この子だけ知らないのも距離を感じてしまうかもしれない。一応お兄ちゃんに確認を取っておこう。
「ゆーき。中学のときのこと、亜鳥に話してもい?」
「ああ、そっか……まあ、いいよ」
別に大した話じゃない。お兄ちゃんラブの妹ですらそう思う、本当に小さなことだ。それでもお兄ちゃんにとっては大きなことで、わたしにとっては負うべき責任だと思っている。
わたしが中学一年生の頃。お兄ちゃんが二年生のとき。お兄ちゃんの妹自慢したい期は小学生のときに終わってしまったので、少し寂しい時期だった。もちろん、わたしにとってはその方がよかったのだけど、妹がーって言ってくれなくなったのは寂しい気持ちが強かった。同時にわたしの夏葉姉への反抗期も終わって、本格的にスーパースター☆マインとしてユニット活動を始めることになった。
そんなある日、お兄ちゃんに一人の友人ができた。今と変わらない、人に少し誤解されやすいお兄ちゃんのことをわかってくれる人ができた。
「ゆーき……ああ」
「お、燈! どうした? なんかあったか?」
「ううん、なんでもない」
お兄ちゃんだって寂しいかなって思って教室を訪ねると、お兄ちゃんはそのお友達と楽しそうに騒いでいた。ぶっちゃけこの頃からわたしのブラコンは悪化しているような気がしていたけど、お兄ちゃんはあまり気にせずに話してくれていた。そのお友達はクラスの男子の中心だったみたいで、必然的にお兄ちゃんにはいろんな人が群がっていた。今思い返してみればあのとき女子の中心だったのは神戸先輩かな?
このときわたしが教室に顔を出したりしなかったら、お兄ちゃんはそのままクラスの中に溶け込めていたのかなって、今でも思ってしまうときがある。
半年くらい、お兄ちゃんは楽しそうに学校に行っていた。やっぱり妹大好きなシスコン兄貴ではあったけど、家にいるときと同じくらいかそれ以上に、学校でも笑っていた。それが突然壊れてしまった。
そのお友達は、わたしを紹介しろと言ってきたらしい。妹なんだろ、ちょっとくらいいいだろ、と。そのお友達はお兄ちゃんが明石友梨の兄という理由だけでお兄ちゃんに付き合っていただけだった。もしかしたら最初は違ったのかもしれないけど、いつの間にやらそうなってしまっていた。それに対してお兄ちゃんは教室でたった一度だけ大きな声をあげてしまったと聞いた。
それがきっかけでお兄ちゃんは誰とも話さなくなり、ただただ勉強だけをするようになった。
「具体的にどんなやり取りをしたかはわたしも知らない」
「燈も、怖かったよね」
「えっ?」
「もし明石先輩がお兄ちゃんじゃなかったら、その……友達に売られてた、かも、しれないから……ごめんなさい。こんなこと言わなくてよかった」
「ううん、いいよ」
もしわたしの兄が明石優希じゃなかったら。そんな人生があったならわたしがブラコンになることもなければ、そもそも子役にもならなければアイドルを始めることすらなかっただろうけど。だからそのもしもの話は前提から変わってくるけれど、でもお兄ちゃんじゃなかったらそういう未来ももしかしたらあったのかもしれない。
「そういうわけで、今の優希はあんな感じなんだ」
「やっぱり、先輩はすごいね」
「そうだね」
人と関わりたくないなんてわがままだと本人は言うけれど、本当はわたしのことを守りたいだけ。ただそれだけの理由で徹底的に人と関わることをやめて、誰かを頼るのをやめた。そうして、今は頼られる先生だ。たった一人、わたしの心から尊敬できる大好きな兄。そのくせ、自分は燈のためにはなにもできていないなんて言ってしまえる、誰よりも妹想いの兄。
そして、わたしが心の底から大嫌いな人間のことを大好きな兄。
「これからも頼ってあげてほしい」
わたしが求めていることなんて、最初からそれだけだ。たとえそこにわたしがいなくても、お兄ちゃんに大切な存在がいてくれたらそれでいい。
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