K17.秘密の悩み事
「ユキせんせーごめーん! 今日予定できちった」
「ああ、うん。いいよ」
放課後になってすぐ。神戸はぺたった机に頭をつけて謝ってきた。すりすり机を頭に擦り付けて神戸なりに誠意を持って謝ってくれていることがわかるけど、こっちは別にそこまで気にもしてない。急に行けないとなるのはこれが初めてなわけでもないし。
「あの、綾川くんもごめんね?」
「いいよ、気にしないで」
「……ん?」
「明石ぃ……ちょっと来て」
珍しく綾川と話している神戸に首を傾げていると、その後ろをストーカーのように着いていた御調に呼び止められた。ほんとに神戸に嫌われるからやめた方がいいと思う。
「あんさ……あーしの勘違いならいいんよ? いーんだけど……なんか、怪しくない?」
「俺が?」
「いや栞凪が。ごめん、そこまで明石に興味無い」
そりゃそうだろうけど、なんでそれを俺に教えたのだろう。そういうのは俺より先に友人と共有すべきなのではと思うけど。
「男絡みっぽい感じしたし、明石には言っとこーかなって。あと、栞凪になんかあったら教えるって言ったし」
「なんで男絡みだから俺に?」
「えっ? や、だって、好きじゃん? 栞凪のこと」
「……いやいや、いやいやいや」
なんでバレてる。そんなにわかりやすい? 多分星島さんにもバレてるし、なんか俺わかりやすいことしてる?
「ま、あーしの勘違いならほんといいんだけど」
「いや、気にしてみる。なんか悩んでるとかならあれだし」
「……ん。さんきゅ。あーしらのことで悩ませて、男遊び始めたりしたらなんか、うん。取り返しつかないから」
そこまで考えていたのか。そういえば御調たちは経験豊富ならしいし、それに影響されることも考えられないわけじゃない。ないとは思うけど、そういう事態も決して考えられないわけではない。
「ちなみになんだけど、御調は経験豊富な方?」
「は? えっ、や、誰でもいいの? いやまだだけど優紗に合わせてるだけだけど。栞凪と一緒ですけど。なに? 普通に引くけど」
「……いや、そういうわけじゃないけど。なんか、こう、アドバイス的な」
「……ふふっ、あっははっ! そゆこと? なーんだ、あーしでもいい的な話かと思ったー、ビビったー! やっ、ごめん! あーしもそーゆーの結構苦手な方でさ。栞凪と違って好きな人すらいたことないよ」
「神戸はいるんだ……」
そいつはどこのイケメンだ。神戸に似合う男か見ないと納得できない。いや、俺が納得する必要なんて神戸にはないんだけど。
「あー、いや。好きな人というか、かっこいいと思ってた人……かな」
「どういうこと?」
「んー、まあ、今度本人に聞いて?」
「そんな無茶な」
しかもそれ、好きな人と大して変わらないし。なおさら聞けない。聞いてきもいって言われたくない。俺、こんなに小心者だったっけ。
教室前で喋ってると、神戸と綾川は一緒に教室から出てきた。綾川が少し、いやかなり恨めしい。
「……あんさ、明石さえ良ければさ、あの。着いて行ってみない?」
「ストーカーにはなりたくない」
「いの? 栞凪の好きな人がどう見てもチャラ男だったりしても、ほんとにいいの?」
「……それは、良くない」
「っしょ。よし行こう 」
行くとは言っていないけど、御調は俺の手を引いて静かに神戸たちと後を追い始めた。こいつ、かなり慣れてやがる。
方向は綾川の家の方向。となると、喫茶店の方に用事だろうか。まさか、綾川の部屋の方に用事が……?
「明石? はよ行こ?」
「悪い。行こう」
神戸たちを見失うわけにはいかないと、ストーカーはせっせと俺の先を歩く。絶対慣れてるよなこいつ。
神戸たちが向かった先はやっぱり喫茶店だった。ただ、綾川はエプロンに着替えず、一番奥のテーブル席に座った。俺たちは神戸が座った後ろに座る。それを俺の顔を知る店主が不思議そうに見ていた。
「あれ、ここパンケーキなんかあったっけ」
「おすすめ」
「そなん? じゃ頼も」
注文をしようとした御調の口を慌てて手で塞いで、俺は店主にメニュー表に新しく追加されていたパンケーキと、いつも頼んでいるコーヒーを指さす。なにか事情があることを汲み取ってくれたようで、店主は一度頷いてパンケーキを焼き始めた。
早速御調は後ろの席の盗聴を開始していた。もしかして俺たちの会話も聞かれてたりしない? だんだん信用なくなってきたんだけど。
「あの、こんなの綾川くんに相談すんのもおかしいんだけどさ。そのー、あのー……」
「ゆっくりでいいよ。誰も聞いてないんだし」
ごめん、聞いてる。なんというか、そういう聞かれたくない相談を俺じゃなくて綾川にしているのが少し悲しい。けれど、聞かれたくないものを聞くのも今更嫌になってきたので、イヤホンを付けることにした。
「……ちょっと、明石? なんしてんの?」
「なんか嫌になってきたから」
「実は、あーしも」
ストーカーなりに人の心はあったらしい。いや俺も今ストーカーみたいなもんなんだけど。御調は俺の隣に席を変えると、俺の片耳に付けたイヤホンをひったくってきた。
「借りてい?」
「まあ、いいけど。取ってから聞くな」
「あはは、ごめんごめん。で、なに聞いてんの?」
「いや、どうしようかなって」
せっかくだしいつも聴いてる曲でも聴こうかと思って音楽アプリを開く。そういえば最近音楽なんて聴いてなかったっけ。
「いやスパタマ多くない? あー……そか、栞凪好きだもんね」
「いやそういう理由じゃないけど」
「ほーん、じゃあどういう理由?」
「……はぁぁぁ」
にやにやしながら聞いてくる御調に露骨なため息で返すと普通に焦ったような顔をされた。今はこういう対応をしない方が良かったかもしれない。少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、俺と友梨の関係を説明することにした。
「妹なんだよ」
「は? えっ、誰が」
「友梨が」
「はぁ? いや、はぁ……ん、待って。明石……明石だ。友梨も明石じゃん!」
「ちょっ、おまうるさ……」
「あれ? ツムギにユキせんせー?」
いつの間にか神戸はひょっこりと顔を出してこっちを不思議そうに見つめていた。
「……あー、そゆカンケー?」
「やっ、ちが……」
「なんだ。じゃあ、もしかしてわたしが怒ってたのも余計だった? そだよねー、同じ中学だし、そゆこともあるよねー! あー、てかあれ? わたしもしかしてユキせんせーに嘘つかれてた?」
「いやマジで違うから!」
御調に視線を送るもなにか別のことを考えているのかぼーっとしている。不名誉な誤解をされているところなのに何を考えているのだろう。
「……あっ、うん。そなんだ。あーし明石とんぐっ!?」
「お前ほんといい加減にしろよ?」
慌てて口を塞ぐと、神戸は少し悲しそうな気がした。神戸は俺のために怒ってくれてたんだもんな。その相手と仲良くしてるなんてことになったら、確かに気分はよくないと思う。
ただ俺はそれ以上に、御調がわけのわからないことを言いかけていたのでそれを止めるのに必死だったけど。
「あー、ん、じゃ、ね! また!」
「いやだから……」
「神戸さん!?」
咄嗟に綾川まで止めようとしていたけれど、神戸は聞く耳も持たないまま急いで店を出て行った。
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