2.お昼休みはお静かに
昼休み。大事な妹が作ってくれた昼食を一人でひっそり食べていた。理想の時間を楽しむと同時に、今も頑張っている燈が元気かどうか心配になる。
スマホにはLINKの通知。三件。でも、俺がLINK登録してるのは燈と楓さん、バイト先の店長ともう一人だけなんだよな。悲しい交流関係。
LINKの通知は全て燈からだった。
『妹がお昼に暇なお兄ちゃんのために写真を送ってあげよう』
「いらねぇよ」
誰に言うわけでもなくそうつぶやくと『いらないなんて言わないでよ』と返信が来た。うん、いらないね、帰ったら会うもんね。
それでも送ってきた燈の写真を俺は家族と名前の付けた写真フォルダに保存して、スマホを閉じた。
「明石」
燈自慢の卵焼きがたくさん入った弁当をのんびり食べていると、今度は声をかけられた。理想の時間、終わり。
「えっと……綾川、だっけ。なに?」
「ううん、なにも。でも、明石っていつも一人でいるなーって。僕と一緒だ」
「ああ……」
同類だと思われてしまった。いや、ぼっちだけど。陰キャのぼっちであることは否定しないけど。
彼は
当然の顔をして俺の隣に腰をかけた綾川は、菓子パンの袋を開けた。何食わぬ顔で話したことも無いやつの隣で飯食えるやつがほんとにぼっち?
「わっ、明石のお弁当美味しそう」
「あげないけど」
「あ、違う違うそういうことじゃない。お母さんが作ってくれてるの?」
「親、いないよ。今日のは妹が作ってくれてる」
「あ……ご、ごめん」
「気にしないで。親との思い出とか、ないし」
俺と燈は、それはもう酷い親を持ったと思う。
物心がついたときには、もう父親は傍にいなかった。浮気が原因で離婚したそうだ。
そんな男を選んだ母は真面目に育児をすることもなく、俺と燈はほったらかし。子役として頑張っていた燈が七歳くらいの頃だったか、『友達がこのゲーム持ってたからわたしもほしい』と言ったらビールの缶を投げつけられていたことを覚えている。今思えば虐待でしかないし、当時の価値観ですら咄嗟に燈の前に立ってしまうくらいには理不尽だった。
そして程なくして、燈が八歳になった頃には母は蒸発していた。俺たちを見つけてくれたのは、当時からたった一人で俺たちの味方をしてくれていた楓さんだった。そのときには既に燈は少しずつ歌を歌うようになっていた。
「まあ、うん。俺は妹さえいてくれたらそれで」
「へぇ……でも、ごめん。迂闊に踏み込んでいい場面じゃなかった」
「いいよ。昼飯は親が作ってくれるものだろ、普通」
もちろん高校生にもなれば自分で準備している、という人もいるだろう。けれど、親が弁当を作ってくれるものだと、少なくとも俺はそう思ってしまう。だから綾川が謝る必要なんてないし、自分の一言は何も知らない俺との会話のきっかけを作ろうとしただけなのだから、むしろ少し親しみやすさすら覚えた。
それに、俺はこんな境遇でも多分前世でかなりの徳を積んだと思っている。燈という最高の家族がいるから。燈の方がどう思っているのかは、最近になってわからなくなってきたけど。
「妹さんのこと、大好きなんだね」
「もちろん、大好きだよ」
「うん、そういうのはっきり言えるのかっこいい。妹さん、中学生とか?」
「いや? 高一、ここの生徒」
「あ、あれ。あ、でも兄妹仲良くても一緒にお昼なんてあんまりないのかな」
「あー……まあ、うん。そう」
本当は今日も仕事で来れないわけだが、そんなことを言うわけにもいかない。かと言って仕事のことをぼかすとただの不登校ということになってしまうわけで、いつも学校に行こうとしている燈に不登校という印象をたとえ今後話すかわからない綾川にも与えたくはない。
だから、学校では話さないことにしておいた。今のところ燈がちゃんと登校できている日は一度もないけど、来れるときは俺のところに来るつもりでいるらしいので燈にも今度説明しておこう。綾川も俺が妹に嫌われているシスコンだと思ったみたいで少し複雑そうな顔してるし。
「今日、明石に話しかけてよかった」
「なんで」
「家族を大切にできる人に悪い人はいないよ」
「俺は……」
俺は、そんなことを言われる人間ではない。妹のことを大好きだと言っていいのか、いつも迷っている。燈と話すのは楽しいけど、その度に燈に甘えている自分に嫌気がさしてしまう。
あの子は両親がいなくなってすぐに自分の才能を武器にした。あのかわいさと明るさを武器に有名になった。対して俺は、燈になにをしてやれただろうか。俺は燈の努力と楓さんの優しさに生かされてきただけだ。
「明石?」
「いや、なんでも。俺も、綾川と話せて良かったと思ってる」
だからといって別に今後も話すかどうかはわからないけど。
「あ、そだ。LINK交換しようよ」
「えぇ……」
「明石ともっと仲良くなりたいんだけど、駄目かな?」
「い、いけど」
こいつほんとにぼっちか。ほんとはぼっちの皮被った陽キャじゃないか。そう思いながらもLINKの画面を開くと、綾川のLINKの画面に『友達:4人』の文字が見えた。疑ってごめん。
俺のLINKにも一人が友達が増えた。友達を作りたくないわけではないので少し嬉しい。綾川とは上手くやれそうな感じがする。
昼食を取って教室に戻ると、陽キャたちはわいわい騒いでいた。別に構わないけど。
「マジさぁ、このクラス陰キャ多くない? カエデせんせーじゃなかったらやばかったー。ね、カンナもそう思うよね?」
「そ、そだねー……あは、あはは……」
苗字が明石の俺と神戸は席が隣だ。それによって、俺の席は陽キャたちによく占領される。それ自体は何も思わない。
でも、こういう空気が俺は嫌いだ。神戸はクラスに当たり外れなんてないものだと思っているのだろう。でも、そんなことをとても言い出せる空気じゃない、言わば同調圧力というやつだ。
「なんかヘンなやつ多いし。アカイだっけ? カンナの横のヤツもガリ勉じゃん。何話したらいいの」
「う、うん……で、でも話してみたらいい人、かもよ?」
「え、なにカンナ。あいつのこと気になってんのー?」
「そ、そういうのじゃないけど! てゆーか、かもって言ってるのにそういうのやめなーい? ユサそゆノリ多すぎー」
「そーそ、栞凪にはナイって」
苦笑を浮かべる神戸。視線が泳いで、そしてどうしようか後ろで迷っていた俺と目が合って、固まった。しまった、教室の外で綾川と話していればよかったか。というか、やっぱり赤井って俺のことだったんだ。名前、覚える気ないよね。
さぁ、っと青ざめる神戸。気持ちはわかるけど、神戸は悪くない。
「ごめん。そこ俺の席」
いつまでもこのまま神戸に青ざめた顔をさせているのもかわいそうなので、話を強制的に終わらせることにした。さすがに本人に聞かれてないか不安になったようで、神戸と話していた女子たちもそそくさと去って行った。
それからしばらく神戸はこちらを見ていたが、その視線には気づかないふりをしておいた。
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