37.優しい先輩

「じゃあ、授業終わるぞー。星島、ここまで大丈夫か?」

「はいっ! 大丈夫ですっ!」


 そう明るい声で答えて笑っておいた。大丈夫だと言わないと不満そうにするのはそっちじゃないか。いやうん、不満にさせているのは不登校だったわたしなのだけど。

 お昼休みは暇が多い。燈はいつも慌てた様子でどこかへ行っちゃうし、他に話す相手もいない。お弁当は作ってもどうせ食べないから、コンビニで買ったおにぎりを一つか二つ食べるだけ。余った時間は、写真やカメラを見る。

 そういえば、朝現像した写真をろくに確認もせずに持ってきているのだった。


「よし……!」


 上手くできている。我ながら写真だけは良い才能だと思う。思わずにやにやしてしまいそうになる。

 でも、先輩方を見ていると少しだけくだらないと思えてしまう。燈と流川先輩は歌もダンスも、スタイルも完璧だし神戸先輩はすごく人のことを見ていて、会話もとっても上手だ。明石先輩の努力家ですごく勉強ができるのに加えてとっても優しいところなんて、本当にすごいと思う。比べてわたしは写真だけ。

 もちろん写真だってすごい。誰かの心を動かすこともできるし、燈たちのことを引き出してくれるのだって写真だ。写真が悪いわけじゃない。ただ、何か秀でた才を持つ人がそれ以外も持っていることを知ってしまうと、とてもひとつだけで胸を張ったりできない。


「あっ……」

「あ、わり」


 椅子に男子の身体が当たった。その拍子に、手の中の写真が全部落ちた。それが見えていたのか見えていないのか、ぶつかった男子は全部踏んでしまった。なぜだろう、わざと踏んだようにも見えた。


「だ、大丈夫です! いいですよ、行ってください」

「そ? わりぃな」


 普通に泣きそうになりながらではあるけどなんとか笑って言えたと思う。

 拾った写真はもう汚くなってしまっていた。わたしが迂闊だったのだから誰にも文句は言えない。データは残っているはずだし、帰ったらまたやろう。


「おい、あんま関わんなって……」

「うるせぇって。いつもああやってカメラとかいじってんだぜ?」


 違う。わたしのことじゃない。きっと違う。

 でも、もし今バカにされたのが写真のことだったら? またわたしのせいで、写真というものがバカにされてしまったの?


「……はぁ」


 明石先輩ならきっと、笑って済ませてしまうんだろうな。でも、燈のことだったらすごく怒っていそう。燈の悪いところなんて見つからないから、バカにされるなんてことはないのだろうけど。

 細かいことは考えない。そうだ、次こそ先輩にいいところを見せないといけない。勉強もちゃんとしないといけない。


「あれ?」


 おかしい。わたしは鞄をいつも二つ持ってきている。一つは、学校の教材や先輩からの宿題が入ったもの。

 もう一つはカメラやフィルムを入れているもの。普段使いの、お父さんにもらった一眼レフカメラ。今はまだ立ち直れていないから、これが手元にあるだけで少し落ち着く。大きなものではないし、人に壊されてしまったりしないように普通にしていたらぶつからない位置に置いている。

 それが、なくなっていた。


「えー? これって星島さんのじゃないのー?」

「あ、そっかー。ね、星島さん、これ貸してよー」

「えっ、あ……えっ、と……」


 駄目だって言わないと。何も知らない人がぺたぺた触っていいものでもない。でも、もしケチなやつだって思われたらどうしよう。不登校のくせに、クラスに馴染んでないくせにって思われていたらどうしよう。

 いじめられたら。また写真を悪く言われたらどうしよう。もしそれで、写真以外のものが。わたしの大切な友人が、先輩が悪く言われてしまったらどうしよう。


「ごめんね。それは大切なものだから、やめてあげてほしい」

「えっ……夏葉ちゃんだ! うっわ、ホンモノ!? えー、転校してきたってマジだったんだ。あ、サインサイン!」

「わかった。ここでいい? せっかくだし……はい、アレンジバージョン。あ、学校は一応内緒にしておいてね」

「流川先輩……?」


 一年は階が違うから、たまたま来たということはないはず。なら燈に用? でも燈はいつもすぐに教室から出ていっちゃうし。燈なら流川先輩や明石先輩の連絡ならすぐ確認すると思うから、違うのかな。

 というか、サインなんてしてしまってもいいのだろうか。神戸先輩のスマホケースにサインしてたからいいのかな。

 ひとしきり流川先輩と話した後、わたしのカメラを勝手に触っていた子たちはどこかへ行ってしまった。楽しそうに話しながら、わたしのカメラのことなんて忘れたように。


「一応、壊れていないか確認しておいて。大切なものでしょう?」

「え、あはい!」


 こんなものを学校に持ってくるからこういうことになると、怒られてしまうかもしれない。それとも興味なんてないのかな。

 明石先輩ならなんて言うのかな。


「だ、大丈夫そうです」

「そう、よかった。勝手に触られるのは嫌だよね。またこういうことがあったらすぐに呼んで」

「えっと……怒らないんですか?」

「怒る?」


 何に対して、という疑問の表情。普通の女子高生は学校にカメラを持ち込んだりしない。写真部の人なら別だけど。


「あなたの事情は多少なりともわかってるつもり。それが大切なものなら、今はまだ離さなくてもいいと思う。優希も、きっとそうやって言う」

「……ありがとうございます」


 確かに、明石先輩もそう言ってくれそうだ。わたしが学校に行くって言ったときも無理はしなくていいと言ってくれた。そういう人だ。


「それじゃあ」

「あっ、用事があったんじゃ……?」

「特にない」


 不思議な人だ。テレビで見るときのかっこいい感じじゃなくて、不思議だと思った。

 でも、優しい先輩だなと思った。

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