19.打ち上げの前に
「ただいま」
「おっかえりぃ! みんなまだ来てないから、ちょっとゆっくりしなよ」
うん、そういうなら燈も玄関で待ってないでちょっとでも休もうか。神戸たちといるときに一番気を遣って場を作っているのは燈だ、疲れていないはずがない。
でも、それを指摘すると燈はきっと俺にも悟らせないようになってしまうので、黙っておくことにした。
リビングではまた紅葉がソファーを占領していた。
「ただいま、紅葉。おやつの時間だぞー」
「あ! わたしがあげるよー、ほらおいで……えぇ……」
おやつを持っている燈をスルーして俺の元にやってきた紅葉は、そのまま俺の目の前で座った。渋々といった様子で俺におやつを手渡してきた燈は、悔しそうに紅葉のことを見つめていた。
「どうしてお前はわたしに懐かないんだ」
「まあまあ。はい、お手」
俺の言ったことには素直に従ってくれる紅葉は、俺の手に乗せたジャーキーをゆっくり食べた。最初は俺たち二人で面倒を見られるのか楓さんはとても不安そうにしていたが、とても賢い子なのでしつけもそう時間がかからなかった。昼間に俺たちがいない間も、朝に準備した分を決まった時間に食べてくれるので、本当にすごい子だと思う。
おやつを食べて満足した紅葉は、燈と遊んであげていた。その様子を横目に、俺は後輩からのメッセージを確認する。
『すみません。住所を教えてもらったのにたどり着けそうにないです。マップに入力してみたんですが、きちんと場所が表示されなくて……』
『駅まで戻れる? 迎えに行くよ』
『ありがとうございます。すみません』
「そんな謝らなくていいのに」
「ん? 亜鳥から?」
「そう。ちょっと迎えに行ってくる」
「わたしも行こうか?」
「神戸が来ると困るからいてあげて」
それに、紅葉も楽しそうにしてるし。
にしても、星島さんはどうして俺に連絡してきたのだろうか。こういうとき、燈に連絡すれば良かったのに。困ったときに頼ればいいと思ってくれているのなら、それは少しだけ嬉しいけれど。
駅に向かう途中で着信。神戸からだ。
「もしもし?」
『もしもし! もうすぐ着きそう!』
「そっか。俺は星島さん迎えに行くからいないけど、燈はいるから開けてもらって」
『あ、そうなんだ。えっ、えーっ、わたしも言ったら迎えに来てくれた? えーっ、言えばよかったぁ』
「なんでだよ。一人で来れるなら一人で来なさい」
『ちぇ。はーい』
『それだけ!』と言って通話は切られた。神戸にまで呼び出されたら俺の身体足りないよ。
やや急ぎ足で向かったからか、駅にはすぐに着いた。かわいい後輩はわかりやすく落ち込んでいたので、すぐに見つかった。俺が近づいているのにも気づかず、星島さんは落ち込んだ様子だった。
「ごめん、わかりにくかったね。お待たせ」
「ひっ!? あ、先輩……その、すみません」
「謝らないで。大丈夫」
「えっと……はい。すみませ……ありがとうございます」
「それでいい」
今度から星島さんが初めて行く場所には一緒に行くことにしよう。いつも迷子にさせるのもかわいそうだし。
星島さんに合わせて少しゆっくり歩く。俺より一回り小さい星島さんは、俺の隣を歩いていた。時折こちらを見ては笑うものだから、つい俺も星島さんの方を見てしまう。ほんとにかわいらしい子だな。
しばらく特に会話という会話もなく歩いていた。閑散とした住宅街を歩いているときのこの感じは好きだ。だが、その静寂を破ったのは、隣を歩く後輩の腹の音だった。
「はぅ!? あ、あぁ……また先輩にこんなところばかり……あぁ……」
「……大丈夫?」
今にも逃げ出しそうな星島さんの手をそっと捕まえて、その手を引いて家の方向とは少し違う方向に歩く。日は沈みそうだがまだ遅すぎる時間ではない。
「せ、先輩……?」
「ちょっとここで待ってて」
「は、はい……?」
少し歩いたら落ち着いたようで、星島さんはきょとんとした顔で俺の方を見ていた。その視線を浴びながら、俺は近くにあった屋台に向かった。
「あれ。そういやあんこ食えんのかな……まあいっか。おじさん、あんことカスタード一個ずつ」
「あいよ。珍しいな、燈ちゃん以外と来んの」
「まあ、ちょっと」
俺が燈や夏葉とよく来ていたたい焼き屋。昔は俺たちがよく食べていたこの店のたい焼きは、今では別の子どもたちの大好きな食べ物になっているらしい。今も子どもがじっとこの屋台を見つめてるし。
たい焼きはすぐに出来上がって、二つのたい焼きを受け取って代金を支払う。お釣りがないように支払ったのに、百円玉を二枚返されてしまった。どういうことだという視線を向けると「子ども料金だ」と言われたが、それ小学生用のやつだよね?
突き返すのも逆に申し訳ないので、たい焼きを二つ持って星島さんのところへ戻った。
「あんことカスタード、どっちがいい?」
「えっ? あ、えっと……カスタード」
「ん。はい」
カスタードのたい焼きを手渡すと、しばらく見つめたあとゆっくりと口をつけた。ほんの少しだけ、恐る恐るといった様子でたい焼きをかじった星島さんは、ぱっと笑顔になってすぐにたい焼きを食べ終えてしまった。
「気に入ってくれたみたいでよかった」
「あ……ありがとうございます。えと、すみません」
「気にしないで。あと、そんなに謝らなくていいから」
「はい。あの、たい焼き。美味しかったです」
気に入ってくれたようだ。全部渡すと受け取らないだろうからあんこの方を半分にして手渡すと、少し恥ずかしそうしながらも断らずに受けっとてくれた。
「実はお昼からなにも食べられていなくて……先輩に幻滅されたらどうしようとか、そんなことばかり考えてしまって。先輩は優しいので、そんなことするはずがないんですけど」
「まあ、うん」
少なくとも、テストの点数が悪かったくらいで星島さんや神戸を責めるつもりはさらさらない。が、俺が優しいかと言われれば別にそんなことはない。そもそも、俺は他人にそれほど幻想を抱いてはいないし、他人に幻滅できるような人間でもない。
「だから、先輩に連絡しても来てくれるか不安でした。もしかしたら、これからまたひとりぼっちなのかなって……」
そうか。両親を亡くしてから星島さんは孤独だったんだ。俺と燈みたいに、支え合える存在がいたわけでもない。そのくせ人の目を気にしてしまう性格だから、これまでもきっと大変だったのだろう。
「じゃあ、約束しとく」
「約束、ですか?」
「そう。俺は、星島さんが不安なとき一人にしないようにする。バイトとかでいつもいることはできないけど」
「そそ、そんな! ……いいんですか? また先輩のご迷惑になるようなこと……」
「いいんだよ。俺だって楓さんと燈に迷惑ばっかかけてるし」
それに、俺にとってはたった一人のかわいい後輩だ。とても先輩面できるようなできた人間ではないけれど、それでも星島さんが俺のことを先輩と慕ってくれるのであれば、俺はこの子の先輩でいたい。いつか俺が駄目な人間だとバレてしまうまででいいから、そういう存在でいてあげたい。
半分のたい焼きを食べながら、俺たちは燈たちの待っている家に向かって歩く。
「打ち上げの前なのに二人だけ食べてしまいましたね」
「内緒にしとこう。燈がキレる」
「はいっ! 秘密、ですね!」
嬉しそうに星島さんは「また一緒に行きましょうね」と笑った。
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