20.試験の後はみんなで

「お邪魔します……」

「亜鳥ー! 待ってたよ! おに……優希もおかえり!」

「ユキせんせー! お邪魔してまーす!」

「ピザ頼もうと思ってたんだ。二人も選んでー」


 ピザを頼むと言っているのに、燈はエプロンをつけていた。好きなようにしてくれたらいいけど、何か作るのなら俺も後で手伝うことにしよう。


「わっ……燈、エプロン似合うね」

「まあアイドルだからね。エプロンくらい着こなすよ?」

「何着てもかわいいよ燈は」

「優希! もう、やめてよそういうの」

「わぁ……そういうこと言い合えるの、素敵ですね!」

「やっ、わたしは優希のこと褒めてないから!」


 いつもはお兄ちゃんを甘やかしてくれる妹も、友達の前ではさすがに恥ずかしいらしい。かわいそうなのでいじめるのはほどほどにしておくことにした。

 部屋に入ると紅葉が俺の方にゆっくり寄ってきた。それから燈を無視して星島さんの足元に寄って行った。


「ワンちゃん、大きいですね……秋田犬? ですか?」

「そうそう」

「かわいい……」


 そっと伸ばされた星島さんの手に、紅葉は自分の顎を乗せた。かわいがってくれていることがわかっているのだろうか。燈もかなりかわいがって育ててたと思うんだけどなぁ。

 星島さんは紅葉と遊んでくれているので、俺も燈と料理の準備をすることにした。それほど広くはないキッチンだが俺と燈が一緒に料理をするくらいのスペースはある。この家のことに関してだけは、親に感謝せざるを得ない。


「えっ、えっ、えっ? ユキせんせーも?」


 キッチンに入ると、神戸が驚いていた。


「うちの兄は優良物件ですよ」

「やめろ」

「えーっ、この前燈ちゃんのお弁当持ってきてたからユキせんせー料理できないんだと思ってた! ご飯作ってくれる男の子っていいよね!」


 料理ができても他に問題しかないので良くない。そもそも料理をするのも燈一人に押し付けないためでしかないので、普段なら燈以外のために料理することもない。


「お兄ちゃんも休んでていいのに」

「そうはいかない。燈がなんかするなら俺も手伝うよ。兄妹だろ」

「もー! そうやってすぐに甘やかすんだからー! じゃあ、お願い。といっても軽くサラダを作るだけなんだけどね」


 燈が包丁を持っていたのでそれを置くように言うと「過保護だなぁ」と笑いながらも包丁をまな板の上に置いてくれた。やっぱり手が荒れたりするのが心配なので、なるべく燈には家事をさせたくないというのが本音だ。それでも燈はやろうとするのだが。


「あ、亜鳥と神戸さんバジルとかオリーブとかいけますか?」

「わたしは大丈夫」

「大丈夫! むしろ好き!」


 燈が確認してくれたのでいつもの味付けで作ることにした。ピザを頼むことは滅多にないが、ピザを食べるときはいつもカプレーゼ風のサラダにしている。

 調理の片手間で楓さんに来れそうかの確認をしてみる。「めちゃくちゃ遅くなるけど一応行ける」と返信が来たので、とりあえずサラダは少し多めに作っておくことにした。

 そうして準備をしていると、インターホンが鳴った。楓さんはまだ来られそうにないので、ピザの配達だろう。


「悪い、夏葉」

「ん。わかった」


 一旦立て替えてもらうことにもなるので、夏葉に頼むことにした。

 夏葉がピザを受け取ってきてくれたので、俺たちはそのままサラダを作り終えてしまった。


「わっ、すごいね! なんか本格的なサラダ!」

「そんな手の込んだもんじゃないけどね」


 サラダを盛り付けた皿を見て神戸は楽しそうに笑った。テーブルの方では星島さんが緊張した面持ちで夏葉とピザを並べていた。

 普段は俺と燈しかいない家なので、注文したピザを全て並べるのでも机の上にはギリギリのスペースしかなかった。


「テーブル、もう一個持ってこようか」


 燈に小声でそう言うと、嬉しそうに笑った。別に一人でも持ってこられないわけではないが、そうやって家のことを一人でされるのが燈は嫌だということくらいは知っている。

 燈と一緒に物置にしている部屋に向かうと、燈は俺の方に擦り寄ってきた。二人きりになったから甘えたくなったとかそういうことだろうか。かわいすぎないか?


「いやぁ。うん、なんかさ。お兄ちゃんが誰かと話すときに作ってた壁を感じないんだ」

「……まあ、そうかもな」


 神戸のことはまだわからない。でも、俺の見えてる範囲では彼女は友人のために頑張っているだけだ。そんな神戸を俺は信じていたい。

 星島さんは、本当はまだ誰かと話すなんて嫌なはずなのにこうして俺たちと勉強をして学校に来るようになった。そうなるきっかけを作ったのは俺なのだから、俺が彼女を信じなければいけないだろう。


「人と話すのはまだ怖いよ」

「うん、知ってる。いいんだよ、お兄ちゃんは無理しないで。わたしが代わりに伝えてあげる。お兄ちゃんが言いたいこと、伝えたいこと。わたしはお兄ちゃんの妹だから。お兄ちゃんのことならなんだってわかるから」

「そうやって頼りきりだったからこんな情けない兄ができたんだよ」


 「頑張ってるうちの兄のどこが情けないんだ言ってみろ」と笑う燈は、それ以上話を聞かない態度だった。今のは俺が悪かった。

 途中までは整頓していたが燈が忙しくなってからはわりと乱雑に物を置くようになった部屋からテーブルを引っ張り出した。


「お兄ちゃんはもっと、自信持っていいんだよ」

「燈がお兄ちゃん離れしたら考えるよ」


 燈のそれは贔屓目だとわかってしまうから、到底自信なんて持てそうもない。

 リビングに戻ると、三人はピザの箱を開けようともせずに俺たちのことを待っていた。


「おかえり! ねっ、ユキせんせーわたしの隣!」

「う、うん?」

「燈はこっち」

「えっ、ええっ!? わたし、えっ、優希の隣じゃないの!?」


 言われたまま神戸の左隣に座ると、俺の左側に星島さんが座ってきた。燈は不貞腐れたような顔で俺の方を見ていたが、夏葉がそれを静かに宥めていた。


「その、一ヶ月間付き合ってもらったのにあまり結果を出せませんでしたが、それでもわたしはまだ、先輩に教えてもらいたいです」

「勝手に期末まで教えてもらうつもりでいたんだ、ごめん。だから、改めてお願い」


 改まって俺の方を向いた二人は、どこか不安そうな顔をしていた。


「これからも先輩を頼らせてください!」

「期末まで……ううん、それからも。ユキせんせーのこと先生って呼ばせてほしい」


 二人の目は不安そうだったけれど、気持ちは伝わってきた。少なくとも、俺は伝わった気がした。そんな目をしている二人の言葉に頷けないほど、俺はひねくれてはいない。


「二人が頑張ってる間は、俺も二人のためにやれることをするよ」


 結局嫌な言い方をしてしまった俺に、二人は笑って頷いてくれた。

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