5.不登校の世界
神戸の先生を引き受けた翌日の放課後。俺と楓さんは不登校の一年生、
「今日はあくまでこの人が優希だよっていうのを説明するだけだから。あんまり話そうとしなくてもいいよ」
「了解っす」
むしろ俺は口を開けば卑屈なことばかり言ってしまうので、黙っておいた方が得策だろう。コミュニケーションは楓さんに任せた方がいい。
楓さんがインターホンを押すと、すぐに「はーい」と明るく、少し幼い声が帰ってきた。妹さんだろうか。
「はい。あ、三輪野先生」
「ちわーっす」
「ちわーっすです。どうぞあがってください。すぐにお茶の準備をしますね」
慣れた様子で会話をする妹さん(?)と楓さん。そのまま家の中に入ってしまった楓さんに何も考えず着いて行けばよかったものを、見知らぬ人に自己紹介もせずに家に入られるのはさすがに嫌かなと躊躇ってしまったため、俺は妹さん(?)と目がしっかり合ってしまった。
ショートカットの黒い髪に少し幼い笑顔を見せた女の子は、小首を傾げて尋ねてきた。
「もしかして明石優希先輩……ですか?」
「そ、そう、だよ?」
声色が変だ。返事もおかしい。話せないわけではないが話すのは得意ではないし、なによりこの子かわいらしい。燈のようなあざとさのあるかわいさでもなく、神戸のような明るいかわいさでもない。どちらかというと守ってあげたくなるかわいらしさがある子だ。
「あ、わたし星島亜鳥と。えっと、これからよろしくお願いします。明石先輩っ!」
「えっ、あーよろしく……えっ?」
妹さんではなかった。この小柄でやや幼さが見えるこの子が星島亜鳥さんだった。引きこもってしまっていると聞いていたから勝手に人見知りだと思い込んでいたことを反省する。
「あ、先輩もどうぞ中へ」
「あ、はい。お邪魔します」
外観からわかる、少し広めの家。壁にはどこぞの風景を切り取った写真が大量に飾ってあった。どれも綺麗だが、おそらくは日本の風景だろう。写っている自然や景色がどこか日本の四季を感じさせるそればかりだった。
「おお……これ、すごいな」
山を隔てて紅葉している部分とまだ葉が青い部分がグラデーションのように移ろっている。写真に一切の興味がない俺はただすごいな、と感じることしかできないが、綺麗だと思った。
「えっ」
「あ、ああ。ごめん。あんま見られたくないよね」
「い、いえ。先輩、写真の善し悪しとかわかるんですか?」
「いやごめん、全然」
「えっ、あ、そうなんですか」
他の写真も、素人目から見てもすごいなと思う写真ばかりだ。あまりきょろきょろ見回すのも気分が悪いかと思うものの、あまりに綺麗な写真ばかりでつい目があちこちさまよってしまう。
少し歩くと、写真は風景からポートレートになった。
「あ」
そのうちの一つ。いや、ひとつかと思ったらその部分から先の数枚。そこに飾られていたのは、俺の自慢の妹だった。写真になるとより一層かわいさが増して見える。
「先輩、
「あ、あー……うん、まあ、好きだよ」
おそらくは友梨と呼んだ星島さんは、その写真を見て笑った。苗字は明石をそのまま使っているし、明石燈=明石友梨と繋げるのは容易い。読み方が一緒だし。燈と会う機会もあるだろうからその辺も考えておかなければ。
「友梨ちゃん、かわいいですよねっ!」
「めちゃくちゃかわいい」
「ねっ! ねっ!」
写真ばかり見ていてあまり気にしていなかったけど、この子はわりと積極的に話しかけに来る。精神的問題での不登校だと聞いていたので、もっとコミュニケーションが難しいものかも思っていた自分の偏見を深く反省しておくことにした。反省することが多すぎる。
当初の予定だと話すつもりはなかったけれど、人懐っこいその笑みを見ていると俺でも会話のしやすい相手に感じた。
「この写真、誰か有名な人の? あ、でもジャンルが違うから別の人のか……」
「ああ、いえ。これは全てわたしが撮影したものです」
「へぇ、星島さんが……えっ!? これ、全部っ!? 燈も!?」
「と、友梨ちゃんもわたしが……? よびすて……?」
マジでか。風景だとどれくらいすごいのかわからなかったけど、マジか。
いやでも、同じ学年ということならもしかして燈と仲が良いから、普通に写真を撮ったのでは? と思いもう一度写真を見てみる。いやこれ雑誌の表紙だわ。見たことあるわ。
「もしかして星島さん、すごいカメラマンとか……?」
「す、すごいカメラマンではないです。おこがましいです。でも、写真を撮ることに自信はあります。なんでも撮ります」
「うん。これは自信持っていいと思うよ。すごすぎ」
「あ、ありがとうございます……!」
照れたように俯く星島さん。かわいい。
しばらく星島さんの素直な反応を見ていると、待ちくたびれたのか楓さんが奥の部屋から戻ってきた。でも、咎めるような雰囲気ではなくむしろどこか嬉しそうにしていた。
「亜鳥ー、先生と上手くやっていけそ?」
「あ、はい! 明石先輩、とても優しくて」
「えっ。今俺優しい要素あった? きもい反応しかしてないけど」
「そ、そんなことはないです。明石先輩は優しいです」
「そ、うかなぁ……」
そんなことはないのだけれど。仮にこれが星島さんの写真を褒めたことを言っているのなら、単に星島さんがすごいだけだ。
「んで、ま。こっから真面目な話ね。優希に教えてもらうにあたってなんか気にしてほしいところとか、ある?」
「ないですっ!」
「そかそか。じゃあ優希からなんかある?」
「あー……俺の妹とクラスメイトの勉強も見る話してて。どこでとかまだ決めてないけど、月水金とかに見る予定なんだ。だから、星島さんも一緒に見れると俺は助かる」
「あ、はぁ……えっと、どんな方ですか?」
「陽キャ」
「無理かも……」
「やっぱり?」
なんとなく、そんな気はした。とは言っても神戸は勢いがすごいだけで嫌味を言うタイプでもないので、写真を褒めたくらいで優しい人と言ってくれた星島さんは多分神戸とも上手くやれると思うけど。
「あ、でもそれだと先輩に迷惑を……わ、わかりました!」
「いや、無理はしなくても」
「いえ。先輩にご迷惑をおかけ……はもうしてしまいますね。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないので」
「うーん……じゃあ、明日するから。そのときに話してみて、ダメそうなら俺にこっそり教えてくれるかな?」
「は、はい!」
俺もアルバイトのことがあるので、できることならあまり毎週の予定を詰めたくはない。家のことを燈にばかり頼っていたくはない。
「とりあえず、細かいことは明日終わってから話そうか」
「はいっ! あの、わたし。明石先輩が優しい人でよかったって思ってます」
「俺、別にそんなに優しくないけどなぁ」
そう言っても星島さんは俺のことを優しい優しいと言い続けて、楓さんまで乗っかってきたので俺は優しいことになってしまった。
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