31.後輩のフォトグラフ

「なんか、ごめん……」

「いえいえ! 先輩の好みとか知れて楽しかったですよ」

「いやだからあれは好みとかじゃなくて」

「嫌いなんですか?」

「どちらかと言われれば好きだけど」


 そりゃそうだろ。俺だって男だからかわいい女の子が二の腕とか肩とか見える服着てたらやっぱりいいなって思う。でも、それはそれとして星島さんに対して失礼だったなとも思う。


「そもそも、その。買っておいてなんですが着るかどうかもわかりませんので」

「あ……たしかに」


 そう言われればそうだ。服なんて着たいときに着たいものを着ればいいだけで、わざわざあるからといって着る必要はない。

 いつの間にやら日は傾いていて、平日なら会議室で勉強している時間になった。


「……まあ、うん。じゃあ、帰ろうか」

「はい。今日は楽しかったです。今日は、というか先輩方とお話するのはいつも楽しいんですけど」

「神戸とは上手くやっていけそう?」

「はい。むしろ神戸先輩がわたしに気を遣ってくださっているので」


 最初は俺が言ったわけだが、いつまでも神戸が気を遣っているというのは正直嫌だ。どこかで普段通りに接していいと伝えておこう。

 もちろんこの関係がいつまでも続くとは思っていないが、神戸は先輩として頼りになるだろう。俺なんかを頼らなくても、神戸や夏葉を頼れるようになったら、きっと星島さんも心強い。


「それもこれも、先輩のおかげです」

「俺は何もしてないよ。星島さんが頑張ったから」

「わたしが頑張れているのが先輩のおかげなんです」

「うーん……まあ、そう言うなら」


 今はそういうことにしておこう。いつか両親のことや写真のことで気持ちの整理がついたら、きっと星島さんは一人でも大丈夫だと思う。


「……すみません。さっきは大したことじゃないと言いましたが、やっぱり気になります。先輩は、どうしてわたしに良くしてくれるんですか?」

「どうして、か。楓さんに頼まれたから」

「それは成績のことだけです」

「うん、そうだね」


 正直、他人のことなんて心底どうでもいい。それでも神戸や星島さんのことを少しでも手助けできたらと思うのはきっと。


「かわいい後輩のために何かしてやろうと思うのが先輩だから、かな」

「……なんですか、それ?」

「俺もよくわからないから聞き返さないで?」


 でも、結局そういうことだと思う。素直でちょっと後ろ向きな後輩と、寂しがり屋で不器用なクラスメイト。ただそんな二人を放っておけなかっただけだ。


「かわいい後輩、ですか」

「そこ拾う?」

「その、先輩はよくわたしにかわいいって言ってくれるので。燈や流川先輩と一緒にいてもそう思ってくれるなら、もしかしたらわたしはかわいいんじゃないかなって。少しだけ、自信になりました」

「ならよかった」


 もしかしなくても星島さんはかわいいけど、それを言うと嘘っぽくなってしまうので黙っておいた。

 星島さんの家に戻ると、もう日はすっかり沈んでしまっていた。


「連れ回してごめん。時間大丈夫?」

「大丈夫です。実はちょっと難航してたので」

「へぇ。えっと、ごめん。写真って撮って加工するだけ、じゃないんだ?」

「ものすごーくざっくり言うとそれだけです」


 つまり星島さんは、俺が思っているよりももっといろいろやっているわけだ。星島さんにとってはできて当たり前のことなんだろう。俺もなんとなく、星島さんなら手の込んだこともできそうだと思ってしまう。


「手伝おうか? 邪魔になるならいいけど」

「ええっと……では、今日撮った写真の現像の間、一緒にいてくれますか?」

「一緒にいるだけなら、全然」


 昼間に食べたもの以外にも何枚か写真を撮影した。別に特別なものはなにも撮影していないけど、星島さんは「思い出ですので」と言って何度も撮影していた。

 星島さんの部屋に戻ると、すぐにカメラを置いてパソコンとにらめっこを始めた。かたかたかた、と星島さんは無言でなにかをしている。横から見てみると、昼間に撮影した写真が映っていた。

 しばらくパソコンをいじった後そのまま部屋を出た星島さんは、びっしりと写真の飾ってある家の階段を降りてリビングへ。


「お待たせしました。先輩にとっては、ただの写真かもしれませんけど」

「これは……」


 最初に撮った写真。それを加工したものだろうか、明るい写真は実物よりも綺麗に見えた。


「さっき食べたパフェとパンケーキですけど……」

「ありがとう。部屋に飾る」

「そんなっ!? 別にそこまでしなくても……」

「星島さんだって飾ってるんだから、俺も飾るよ。大事な後輩がくれたものだから。それに、このなんでもない写真なのにとっても綺麗に見える。やっぱり星島さんはすごいんだって、ちょっと俺も誇れるからさ」


 最近になって、後輩っていいものだと思い始めた。もちろんその後輩と呼べるのが星島亜鳥だから、というのは大きいわけだが。それでも人と関わるのが大嫌いだった俺にとっては大きな変化だと思う。 


「先輩って、彼女さんとかいらっしゃったのですか?」

「げほっ! げほっ!」

「あ、ごめんなさい」


 唾液が詰まった。急に何を言い出すんだこの子は。


「先輩って女の子の扱いに慣れているというか、そういうことをさらってしてしまうので……もしかしたら、先輩が少しひねくれ……あっ、いえ、その!」

「いいよ。ひねくれてるのはわかってるから」

「すみませんんん……」

「で、彼女云々だけどいたことないよ。俺に彼女いるように見える?」

「見えな……重ね重ね失礼ですぅぅ……」

「いいよ」


 ひねくれたシスコンに彼女がいる方がおかしいだろ。自覚はあるし、さすがの星島さんでも俺に恋人がいそうに見えないと思ってくれていて少し安心した。


「でも、そっか……先輩はまだ……」

「ごめん、なんて?」

「ひぃぃ……すみませんすみませんすみません」

「いいんだけどなんて言ったの……?」


 星島さんは必死に手を振って隠すばかりで、何を言ったのかは答えてくれなかった。

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