第2話 クラスの美少女に呼び出された
「琉衣ー、起きなよー、朝だよー」
「ん……」
間延びした声が聴こえて、眠りのうちから覚醒した。
腕だけ動かして枕元のスマホを取り、時間を確認する。
七時半。少し寝過ごしている。もぞもぞとベッドから這い出し着替えてから部屋のドアを開けた。
部屋の前には妹の姿が。
「朝餉が用意できたので、さっさと食すがよい兄よ」
「何時代の人?」
「知らない。いいから下に降りる。そして飯を食え」
タレ目が階段のほうを向き、さっさと顔を洗ってこいと促す。
俺の妹、矢野愛華は目鼻立ちが整っており、美少女と言っても差し支えのない。首辺りまで伸びたミディアムヘアーは本人の自由奔放さを表すかのように無造作に外ハネしていた。
マイペースかつ気まぐれな愛華はクラスメイトから猫っぽいと言われているらしく、兄と違ってモテるのだとか。
顔を洗った俺はダイニングで朝食を取る。すでに朝食を済ませていた愛華は俺の対面する位置の椅子に座りスマホを弄っている。
「なんでいつも先に登校しないんだ。俺が寝過ごした時ぐらい置いてけばいいのに」
「琉衣ってモテないでしょ」
「は? 急にディスるなよ」
「まあ、聞いて。琉衣は万年ぼっちのコミュ障でモテない。もちろん彼女もできたことがない。そんな悲しい兄のために、せめて女の子と一緒に登校するという経験ぐらいは味わわせてやろうと思って」
「相手が妹だから、大して嬉しくないんだが」
そんな軽口を交わしているうちに朝食を終える。
鞄を持って愛華と一緒に玄関から出れば、眩しい日光が顔面に直撃した。思わず目を細める。
季節は春で、俺は高校二年生になったばかり。
一年の時と全く同じ、代わり映えのない日々を送っていた。友達もいなければ恋人もいない万年ぼっち。放課後にすることはゲーム。休日にも朝から晩までゲームをしている。
今日のような天気が良い日には日光で蒸発してしまいそうな陰キャ。それが俺、矢野琉衣だった。
「はあ……憂鬱だな。学校行くのめんどくさい」
「またそんなこと言って。学校行かなきゃ何するの?」
「ゲーム」
「即答か。琉衣って何を聞かれてもゲームしか言わないよね。誕生日プレゼントはゲーム、お年玉の使い道はゲーム、現実逃避先はゲーム」
「悪いかよ。好きだからしょうがないだろ」
俺が唯一ずっと続けている趣味がゲームだ。というか、趣味の範囲を超えて食事とか睡眠と同レベル。俺が生きるためにはゲームが必要不可欠である。
「好きなものがあるのって、なんか陰キャっぽくないよね」
「お前の陰キャ観おかしいだろ」
「どうして陰キャのくせに趣味があるんだよ! 無趣味でいろよ!」
「なんで怒られてんの俺」
妹は今日もマイペース時空に俺を巻き込んでくる。
駄弁りながら歩いているうちに校門が見えてきた。
蛍雪高校。家から近いという理由で選んだ私立高校だ。
学校の中に入り、靴箱の前で愛華と別れる。
「んじゃ、放課後ね」
「精々、勉学に努めろよ妹」
「お前もなー兄者」
太ももの大半を晒すほど丈が詰められたスカートをひるがえし、一年の教室がある方向へと去っていく妹を見送った俺は、二年の教室がある階に向かった。
教室のドアを開けて中に入る。
何人かのクラスメイトがチラッと俺を見て、すぐに視線を元の方向に戻す。ぼっちの俺に話しかけてくる奴はいない。別に話しかけてほしいわけでもないので問題なかった。
自分の席に着き、ホームルームが始まるまで現在プレイ中であるゲームをどうやって攻略するか脳内で構想する。
「……ん?」
ふと誰かに見つめられているような感覚がして、視線を向けた先で女子と目が合ってしまう。
我がクラスのアイドルである美凪唯菜が、なぜか俺のほうを向いていた。自分の席に着いた美凪の前には朱宮という今どきのギャル風な女子がいる。
「どしたのー、唯菜。矢野っちが気になる感じ?」
「ちょっとね。一人でいつも何考えてんだろーとか、寂しくないのかなーとか」
「めっちゃ失礼なこと考えてんねー。矢野っちが聴いたら泣いちゃうぞー?」
「いや、ばっちり聴かれてるんだけどね」
「マジじゃん。おハロー矢野っち!」
朱宮は気さくな感じで手を上げて挨拶してくる。俺たちは今まで全く関わったことないのに、まるで友達と接するかのような気軽さ。陽キャのパーソナルスペースどうなってんの。
朱宮のフレンドリーさにどう返していいか分からず、苦笑いするしかない俺。
それにしても、先ほどの美凪は話をはぐらかしているように感じたな。
ってか、二人のようなクラスの人気者に俺の名前を覚えられていることに驚いた。
クラスメイトだから名前ぐらい知ってて当然だと思うだろ? 一年の時にキミの名前なんだっけと言ってきた奴がいたからな……。
美凪は朱宮との会話に入り、以降は俺と目が合うことはなかった。
ホームルームが終わり、学校での一日が本格的に始まった。
特に語るべきことはない。普通に授業を受け続けて昼休みになる。妹が作ってくれた弁当を持って教室を出た俺は、お馴染みの食事場所へと向かった。
「はあ、やっぱりここは落ち着くな」
人気のない階段の踊り場で弁当を広げる。
ここは薄暗いし誰もいないので非常に落ち着く。明るくて人がいる場所では気が休まらない。やはり陰キャは陽の当たらない場所に隠れているのがお似合いである。
愛華特製の弁当は、いつも通り美味い。
あいつ、家事も料理もできて地味に嫁力高いんだよな。
「卒業したら養ってもらおうかな……」
妹のヒモになる将来設計を立てかけたところで人の気配に気づいた。反射的に息を潜め、静かに物陰から顔を出して廊下を確認する。
「もう、どこ行ったの? 昼休みになると、すぐ一人で教室を出ちゃうんだから……」
きょろきょろと顔を動かして周りを窺っているのは美凪だった。
誰か探しているのか、通りがかった生徒に声をかけたり近くにあったゴミ箱の中を確認している。そんなところに人がいるわけないだろ。
「もう~! 矢野くんはどこに行ったの!?」
「え、俺?」
「あっ、見つけた!」
不意に名前を出されたせいで声を漏らしてしまい気付かれる。
美凪は俺の前まで駆け寄ってくると、日頃から大勢の男子たちを魅了している朗らかな笑顔を浮かべた。
「ここにいたんだね。結構探しちゃったよ」
「美凪さんが、どうして俺を?」
美凪と俺は生きる世界が違う。男女共に好かれる陽キャ美少女が日陰に生きる陰キャの俺に一体何の用があるというのだろう。
「実はね、頼み事があって――あ、お昼休み終わっちゃう!」
「ああ、そうだな……」
「ねえ、放課後に時間ある? 教室に誰もいなくなるまで一緒に待っててほしいんだけど!」
「え? は?」
「いいよね! 約束だからね!」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、美凪は急いで俺の前を後にする。
美凪が残した言葉を噛み砕くまで時間が掛かった。
放課後、教室に残ってほしいという願い。
これは、アレか? ラノベとかアニメで見る青春イベント筆頭のアレなのか?
「いや、ないな。絶対にない」
陰キャの勘違いほど惨めなものはない。過度な期待はしないでおこう。
「やべ、俺も授業に遅れる」
弁当の包みを直した俺は、さっさと踊り場を後にする。授業が始まるギリギリ前に教室へと入れた。美凪は俺のことなど気にせず、席に座って真面目に黒板と向かい合っていた。
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