第33話 陽キャ唯菜のメソッド

 翌日の放課後、俺の部屋には美凪がいた。

 そろそろVTuber大会も近づきつつあるが、今日はレッスンをやめて白亜について話す俺の声に耳を傾けている。


「ふむふむ、なるほど。白亜ちゃんのお母さんに娘を頼みますって言われたわけだね」

「そんな娘を嫁がせにいかせるような口調じゃなかったけどな」


 白亜を支えると言っても、具体的に何をするかは決めていない。だから良い案はないか美凪に聞いている。


「私を置いて久遠さんと一緒に白亜ちゃんと会うなんて、ずるいな~。今度は私もついていくからね」

「まあ、美凪が来たら白亜も喜ぶだろう。仕事仲間だしな」

「仕事仲間であり、友だちでもあるよ。だから白亜ちゃんをサポートしてあげたいけど……白亜ちゃんの目指すべき目標って決めているのかな?」

「マヤさんは学校に行けるようになってほしいと言ってたな」


 マヤさん的には中退を回避し、きちんと高校を卒業してほしいと考えているようだ。

 いくらVTuberの仕事があるとはいえ、ずっと続けられるような安定した仕事ではないことは確かだ。もしリスナーが飽きてブームが終わってしまえば引退も考えねばならないだろう。


 その際に仕事を探そうにも、中卒だと何かと苦労するだろうし、とりあえず高校を卒業しておいても損はない。


「白亜ちゃん的には過去のトラウマを払拭したいわけだね」

「そうだ。実際に本人がそう言っていた」


 昨日、聖家から帰った後に白亜からメッセージが届いた。

 マヤさんと俺たちの会話をこっそりと聴いていたらしく、自分のことで手を煩わせて申し訳ないという文面に俺は光の速さで『そんなことない。白亜のためになりたい』と返信した。


 すると白亜は、さしあたっての目標を教えてくれたわけだ。

 やはり過去のトラウマを抱えたままでは、日常生活すらままならないこともあるだろうし、払拭できれば登校するぐらいはなんとかなりそうである。


「よく分かったよ、説明ありがとう矢野くん」

「何か良い案はないか?」

「ふっふっふっ~もちろんありますぜ旦那~」


 情報通のおっさんキャラみたいなノリで手を擦り合わせた美凪は、案を言い放った。


「白亜ちゃんは仲良い友だち以外と接するのが苦手なんでしょ? だったら周りの人たちと片っ端から仲良くなってしまえばいいんだよ!」

「理屈としては間違ってないが……単純すぎないか?」

「ふふん、単純であり明快であるのが良いんだよ。深く考えずにいられるからね」


 美凪が言うには、問題を深く考えすぎてナーバスになると身動きが取れなくなるので、軽いノリで少しずつやれることをやっていくと良いらしい。


「それにさ、私が思うに白亜ちゃんって陽キャ寄りの子なんだよね。矢野くんみたいな卑屈さは感じないし、私と初対面の時でも物怖じしなかったでしょ? 」

「た、確かに……友だちと遊ぶの好きだし、配信でもリスナーのコメントに返せるぐらいのコミュ力はあるし……俺と大違いじゃないか!」


 もし万が一にでも白亜が美凪みたいなノリの陽キャになったらどうしよう。友だちがたくさんいる人気者になったら……。


『いえ~い、琉衣見てる~? 私こんなにたくさんの友だちとゲームで遊べるようになったよ~! ウェ~イ!』


 なんてメッセージと共に、ゲーム内で友だちと集まっている画像を送られたら――


「ああああ脳が破壊されるうううう!」

「矢野くんが発狂した!? どうしたの、しっかりして!」

「はあ、はあ……すまない……なんでもないんだ」


 嫌な想像を瞬時に脳から引き剥がす。

 いつも過去のトラウマや恥ずかしい黒歴史を思い出しそうになるたびに行っていた忘却技術が役に立った。正気に戻った俺は美凪に言う。


「片っ端から友だちにならなくても、数人の仲良い友だちさえいれば学校ぐらいどうにでもなると思うんだ」

「おお、数人どころか一人しか仲良しの友だちがいないのにどうにかなっている矢野くんが言うと説得力がある」

「俺と仲良しの友だちって誰だよ?」

「わ、た、し♡」

「はっ」

「鼻で笑われた!?」


 戯言を抜かすのはやめてくれ。

 美凪は俺の態度に不服そうだったが、すぐに勝ち気な表情になって、自分の胸をぽんっと叩く。


「このウルトラ陽キャ美少女の唯菜ちゃんに任せて! 白亜ちゃんが人気者になれるよう、付きっきりで側にいてフォローするからね!」

「美凪が常に側にいたらウザそう……白亜ごめんな……」

「ま~たそんなこと言って~素直に白亜ちゃんをサポートしてくれるの助かるよって感謝すればいいのに~」

「う、うるせぇ」


 ……ありがとう、美凪。


 口で言うのは恥ずかしかった。だから心の中で俺は友だち想いの女子に感謝の言葉を送った。


 なにはともあれ、なるようにしかならないだろう。

 仮に白亜がトラウマを払拭できず中退しても、俺は変わらず彼女と接するつもりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る