第12話 色白ゴスロリ美少女

 二人を追って階段を上がる。

 俺も自室が二階にあるので、なんだか聖に親近感を覚えてしまう。心なしか階段を上がる最中の薄暗い雰囲気も我が家に似ていた。


 美凪と愛華は、とある一室の前で俺を待ってくれていた。

 白亜と書かれたネームプレートがあるので、ここが聖の部屋なのだろう。


 聖は、どんな女子なのか。

 あまり人付き合いが得意な子ではなさそうな感じがする。

 できるだけ驚かせないよう、弱めの力でドアをノックした。


「聖さん、同じクラスの矢野だけど、先生に頼まれてプリント届けにきたんだ。オマケで俺の妹と委員長も付いてきちゃったんだけど……」

「オマケって失礼なー」


 美凪が不服そうだったが、今はこいつの相手をするより聖に警戒されないよう穏やかに声かけするのが先だ。


「もし俺たちと会うのが嫌なら、このままプリントを置いて帰るけど……」


 ドアの先にいるであろう聖の返答を待つ。

 謎の緊張感を抱きながら待つこと一分。もしかしたら寝ているのか無視されているのではと思い始めた頃、その声は聴こえた。


「……入って」


 か細くて消え入りそうな、水のように透き通った声。

 美凪と愛華に目配せして、俺はドアノブを捻った。


 まず最初に思ったのは、俺の部屋以上に薄暗いということ。

 カーテンが完全に閉め切られており、光源はモニターとPC本体のLEDのみ。


 そして部屋の片隅には、ゲーミングチェアに座る少女の姿があった。


「え……ハクアちゃん!?」


 美凪が驚愕を滲ませた声を漏らし、息を呑む。

 眼前にいる少女は、およそ現実離れした姿だった。


 ツインテールに結ばれた白髪。雪のように真っ白な肌。暗闇で光る碧眼。華奢な身を包む純白のゴシックドレス。フリルのスカートから伸ばされた素足は、少し衝撃を与えられただけで折れてしまいそうなほど細い。


 その容姿は、VTuberのハクアと全く同じだった。


「……プリント」

「あ、ああ」


 こちらを見上げ小さな声を出す聖にプリントを渡す。

 聖は碧眼でプリントの内容を確認すると、丁寧な手つきでゲーミングデスク上に置いた。


「あの! 聖さんってVTuberのハクアちゃんだよね!? 私、同じ事務所のユイユイなんだけど!」

「……そう」

「まさか聖さんが同業者だなんて、凄い偶然だよ! しかも見た目そのまんまハクアちゃんだし!」


 興奮した美凪が聖に詰め寄る。

 いきなり接近されて嫌がるんじゃないかと思ったが、意外にも聖は怯えたり嫌な顔をすることはなく、無表情で美凪を見つめていた。


「なんだか現実感がないというか、存在が希薄な人だね」


 愛華が俺以外に聴かれないよう、ひそひそと耳打ちしてくる。

 同感だ。聖には生気があまり感じられず、放っておけば今にも消えてしまいそうな印象だ。あと髪も肌もドレスも真っ白だから蚕みたいだった。


「よかったら連絡先交換しない? クラスメイトとして、あと同業者として聖さんとお関わりになりたいなー!」

「……これ」


 聖はデスクに置いてあったスマホを取り、美凪に画面を見せた。それを覗き込んだ美凪は自分のスマホを操作し、無事に連絡先を交換できたようだ。陽キャはこんなノリで友だちを増やすのか。


「唯菜さんだけずるーい。私とも交換しよー白亜ちゃん」

「お前は先輩に対して馴れ馴れしいにもほどがあるぞ」

「細かいこと言うなって琉衣~美少女とお付き合いしてイチャコラするためには積極的なアプローチが必要なんだぜ~」

「ごめんな聖さん。よこしまな欲望を包み隠さない妹を許してくれ」


 俺が謝ると、特に気にした様子はない聖が近づいてきてスマホを差し出す。

 床を踏む枯れ木のような細い脚が折れないか心配だ。


「よっしゃー連絡先ゲットー。これからよろしくね白亜ちゃん。あ、白亜ちゃんって音楽好き? 私ってギター弾けるから、アニソンとかボカロ曲をリクエストしてくれたら弾くよ」

「……シャノワール」


 なんだ? 黒猫?

 いきなり聖の口からフランス語が放たれて困惑する。


「おっけー、ボカロ曲のシャノワールね。いつか聴かせてあげる」


 どうやらシャノワールというボカロ曲があるらしい。

 美凪と愛華は聖を気に入ったようで、いろんな質問やらスキンシップでもみくちゃにする。色白ゴスロリ美少女に群がる下心ありまくりな女子たちだ。


「あらあら、クラスメイトの人たちと仲良くなれたみたいね、白亜」


 コップとお菓子が乗せられたトレーを持った女性が部屋にやってきて、微笑ましいものを見る目を聖たちに向ける。この人は聖の母親であり、白髪と碧眼なのはスウェーデン人だからなのだという。


「白亜もスウェーデン人の血を色濃く受け継いでいるのよ」

「だからこんなに素敵な容姿をしているわけですね。本当に可愛らしいです!」

「ふふ、可愛らしいですって。良かったわね、白亜」


 美凪に容姿を褒められた聖はというと、無言でこくこくと頷いていた。無口なだけで人付き合いが嫌なわけではなさそうだ。


 色々と気になることはあったが、あまり長く自室にいられても困るだろう。そろそろ帰るか。


「それじゃ、俺たちは帰るよ。ほら、美凪と愛華も行くぞ」

「うぇーん、まだ白亜さんと一緒にいたいー!」

「美凪さんに同感すぎるー、ゴスロリ美少女と濃厚コミュニケーションしたいー!」


 すっかり聖を好きになりやがって……。

 泣きつく二人を引きずり、部屋を出る前に聖に別れの挨拶をする。じっと俺たちを見つめた聖は、相変わらず無言で頷くだけだった。

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