第35話 白亜の初登校

 もう梅雨の時期なのに、今朝の天気は晴れ渡っていた。まるで白亜の初登校を祝福するかのようだ。


 起きて速やかに準備を終えた俺は愛華と家を出る。

 詩織は梅雨時の低気圧でダウンしており、学校を休むそうだ。白亜の初登校についていけないのを悔やんで泣きべそをかいていた。


 詩織を慰めた後に美凪と合流し、白亜を迎えに行く。


「ふあぁ……」


 前日に初お披露目してくれたセーラー服を着用した白亜は、可愛らしいあくびをした。昨夜はハクアとして配信していたため、寝るのが遅くなってしまったのだ。


 玄関で俺と共に白亜を迎えた美凪が、柔らかく笑う。


「昨日の配信、私も観てたよ。すごく嬉しそうにリスナーさんに報告してたね」

「うん……皆、私の登校を祝福してくれた」


 ハクアは以前から不登校であることをリスナーに打ち明けていた。俺も昨日の配信を観ていたわけだが、ハクアが明日に登校すると言った瞬間、コメント欄に祝福の嵐が巻き起こった。リスナーに愛されすぎているVTuberである。


 四人で通学路を歩く。

 その間、愛華と美凪が白亜を元気づけていた。


「学校なんてテキトーに行ってテキトーに過ごせばいいからね」

「そうそう、愛華ちゃんの言う通り! あまり深く考えず、リラックスしていこー!」

「うん、ありがとう……」


 先ほどから緊張で動きがぎこちなかった白亜だが、愛華と美凪の励ましの声で勇気が湧いてきたようだ。背筋をしっかりと正し、前を向いて歩く。


 学校に近づくにつれて他の生徒たちの姿も増えていくわけだが、案の定というべきか白亜は注目されていた。


「見ろ、ありえんくらいに可愛い子がいるぞ!」

「すげぇ、外国人モデルか?」

「肌白くて綺麗~! 手足も超細くて羨ましい~!」

「隣の子は二年の美凪さんだよね? あの子の友だちなのかな?」


 注目されている白亜は恥ずかしそうに頬を赤く染め、隣を歩いていた美凪に肩をぴったりとくっつける。親に助けを求めて寄り添うような姿に周囲の生徒が尊みで昇天していた。


「やっぱりというか、白亜ちゃん大人気だよね。こりゃ白亜ちゃんが学校に行くようになったら他の生徒に取られてしまいますな琉衣殿~?」

「お前は朝から何キャラなんだよ……別に白亜は俺のものではないからな」

「そんなこと言って、ちょっと寂しいんじゃないの? 白亜ちゃんが皆に受け入れられて人気者になったら、ぼっちの琉衣にとっては遠い世界の人になっちゃうもんね」


 なんでそんなに俺について鋭いんだ。

 なんでもないように装っていたが、妹の目は誤魔化せなかったみたいだ。俺は確かに一抹の寂しさを感じていた。好きな友だちが他の奴に取られてしまうんじゃないかという、幼稚な理由でな。


「琉衣……こっち」


 後ろを振り向いた白亜が、俺にちょいちょいと手招きする。

 

「どうした?」

「琉衣も並んで歩こう……」

「いや、俺はいいよ。代わりに愛華を隣に歩かせると、華やかな美少女三人組の出来上がりだ」

「そう……?」


 どうしてだろうか、白亜は寂しそうに肩を落とした。

 学校に到着し、愛華は名残を惜しむように白亜を抱きしめて、俺たちと別れる。


「私たちのクラスはこっちだよ」

「ありがとう、唯菜」


 一見すると、白亜の表情に緊張の面影はない。もともとメンタルが弱いというわけでもないので、この調子だと教室でも大丈夫そうだろう。


「まずは私が先に教室に入るね。その後に呼びかけるから、何気なーく気楽に入ればいいよ」

「うん、分かった……」

「俺が一緒に入ると不自然だろうから、後方で様子を窺っとくわ」

「もう、恥ずかしがらずに矢野くんも一緒に入ればいいのに~」

「恥ずかしがってるわけじゃねぇよ……」


 なんて言っているうちに教室が目の前だ。

 側を通り過ぎるクラスメイトたちが白亜を見て驚くように二度見している。


 美凪が教室に入り、白亜を呼びかけた。


「白亜ちゃーん、入っちゃってー」

「お、おう……いざ参る」


 何故か男勝りな口調になった白亜。やっぱり緊張してるんじゃね?

 

 そして、ついに白亜が教室へと足を踏み入れた。

 その瞬間、クラスメイトの全員が白亜に注目した。


「えっ……もしかして聖さん!?」

「やっべ、半端なく可愛いんだが!?」

「物語から抜け出してきた妖精みたい……すき……」

「ちょっ、唯菜が聖ちゃんを連れてきたの!?」


 クラスメイトたちが一気に盛り上がり、白亜はたじろぐ。

 そこでタイミングよく美凪が手を叩いてクラスメイトを静めさせた。


「ほらほら、そんなに見られちゃうと白亜ちゃんもびっくりしちゃうよ~」

「いやでも見るって! めちゃくちゃ美人だし髪も肌も超きれーだし! ってか唯菜マジでぐっじょぶ!」


 テンションあげあげな乃々花ちゃんが白亜に近づいてきて、よろよろ~と気軽に白亜の肩を叩いた。


「あたし、朱宮乃々花。見ての通り聖ちゃんのクラスメイトだから、よろしく~」

「……よ、よろしく~?」

「あはは、緊張してんねー。まあ、初登校だからしょうがないかー。うちのクラスはノリいい人ばっかだから、気楽に絡んでいいからね。そうだろ、お前らー?」


 乃々花ちゃんの呼びかけに大勢のクラスメイトたちが一斉に『おおー!』と応じる。男子も女子も関係なく、皆が白亜の存在を受け入れていた。


 後から教室に入った俺が美凪の側を通り過ぎる際、それとなく呟かれた。


「この様子だと大丈夫そうだね」

「……そうだな」

「矢野くん、めっちゃ嬉しそー」

「う、うるさい」

 

 図星だったので、羞恥を誤魔化すように頬を掻いた。

 白亜が受け入れられたとしたら、そりゃ嬉しいに決まってる。

 言わせんな恥ずかしい……。 

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