第36話 それでも二人きりがいい

「白亜ちゃんの席は矢野くんの隣だね」


 美凪が白亜を俺の隣の席へと促す。

 隣同士なのは偶然というか、俺の席は出席番号によって一番後ろに配置されており、不登校の白亜の席はとりあえず俺の隣に置かれていたのだ。


 隣の席に白亜が座ると、クラスメイトがぞろぞろと寄ってくる。白亜の美貌に惹かれたのか、男子だけじゃなく女子も綺麗と言って褒め称えていた。


 クラスメイトたちの質問に白亜は静かに答えていく。

 俺は机に頬杖を突きながら、騒がしいクラスメイトたちと白亜を横目に、ぼーっとする。


「ねえねえ、聖さんって美凪さんとお友だちなの?」

「うん」

「美凪さんと聖さんが二人並ぶと凄いよな~。うちのクラスの女子、レベル高すぎだろって思うぜ~」

「そう?」

「矢野くんもそう思うだろ~?」


 陽キャ男子が話を振ってきたので俺は適当に返事する。


「そうだな……」

「そういや矢野くんも聖さんと仲良いのか? 何回か小糸先生に言われてプリント届けに行ってたんだろ?」

「あ~確か先日は美凪さんにも頼まれてたっけ。矢野くんだけ先に聖さんと会えてたなんてずるいな~」


 前代未聞というレベルでクラスメイトに話しかけられてるんだけど。返答に困っていると、白亜がこっちを見てこくこくと頷いていた。『白亜と俺は仲良しだって言っちゃえ!』とでも言いたげである。


「まあ……ちょっと話すような仲かな……」

「……琉衣、ヘタレ」

「おお、聖さんがムスッとしてるぞ!」

「そんな聖さんも可愛い~!」


 ったく、騒々しいなマジで。

 もう何を質問されても答えんからな。


 仏頂面で黙りこくっているとクラスメイトたちは俺に興味を無くしたのか、白亜への質問攻めに戻った。


 しばらくして教室の前側のドアが開かれ、小糸先生が入ってくる。


「皆、席に着きなさい。ホームルームを始めるわよ」


 生徒たちが席に着き、休みの者がいないか確認する先生の視線が白亜の存在を捉える。


「良かった、聖さんもいるわね」


 それ以上は白亜について言及することなく、先生はホームルームを始めた。あえて白亜を特別扱いしないところが先生なりの優しさなんだろう。


 白亜は授業中、真面目に教科書と向き合っていた。不登校の遅れを取り返すためだろうか。地頭が良いようで、数学の先生に当てられた時も正解を答えられていた。


 やがて午前の授業が終わって昼休みに突入。

 相変わらず隣の空間には人がたくさんいて騒々しいので、俺は逃げるように教室を出た。


「ふう、やっぱりここは落ち着くぜ」


 いつもの階段際に避難した俺は、薄暗い空間で弁当箱を広げる。妹特製の弁当は今日も美味い。白亜が登校するということで嬉しかったのか、やけにオカズが豪華だった。


 誰にも邪魔されない場所でひっそりと昼食を取る。

 やはり静かなのが一番だ。あと数日ぐらいは教室が騒がしそうで憂鬱だが、ここに避難してやりすごせばいいか。


 白亜は前向きな一歩を踏み出せたわけだが、俺は何も変わらない。それでいいと思うし、変わろうとするのも面倒だった。


「……琉衣」


 透き通った声で名前を呼ばれる。

 顔を上げると、目の前に白亜がいた。いつもの無表情で俺を見下ろしている。


「よくここが分かったな」

「唯菜に聞いた……琉衣は、いつもここにいるって」


 白亜は長く垂れた横髪をかき上げて、僅かながらにも口元を緩める。その姿は、なんだか物語のワンシーンのようで、俺と彼女は住む世界が違う人なのだという実感も湧かせてしまうぐらい神秘的だった。


「クラスの連中と話さなくていいのか」

「今は、琉衣といたい」


 嬉しいことを言ってくれるよなぁ。

 白亜はゆっくりとお行儀よく俺の隣に座った。


 肩が触れるほど近い距離。美凪もそうだが、何故こうも身体を寄せてくるのか。距離を取ろうにも、狭い場所なために離れられない。


 体育座りをした白亜は、白くて小さな膝に顎を置きつつ、俺のほうをじっと見つめてくる。


「どうしたんだ、そんなに見つめて」

「ん……琉衣、寂しくない……?」

「俺が? どうして?」

「なんとなく、寂しそう……」


 寂しいか寂しいかで言えば、どちらとも言える。

 白亜が遠い存在のように感じて寂しくもあるし、別に今まで通りの日常だろうと納得する俺もいた。


「ま、これからは皆と仲良くな。学校では俺に話しかけないでくれると助かる。クラスの連中に関係を問いただされると面倒だからな」

「琉衣、拗ねてる……?」

「す、拗ねてねぇし」

「やっぱり拗ねてる……」

「拗ねてねぇって!」


 ムキになって反論すればするほど、図星だと言っているようなものだ。

 とりあえず落ち着け俺。白亜の前で声を荒くするなんて、らしくないぞ。


「とにかくだ。クラスでの俺の立場を分かっただろ? ぼっちで陰キャなんだよ俺は」

「それでいいと思う……」

「いいのか」

「うん。私は――」


 白亜の肩が俺の肩に寄り添うように触れた。


「そういう琉衣が、好きだから……」


 好き、という言葉には種類がある。

 ラブとライク。

 恐らく白亜は後者の意味で言ったんだろう。それでも俺は嬉しかった。ありのままの俺を受け入れてくれたように感じたから。

 

「あ、ありがとう……なんか礼を言うのも小っ恥ずかしいな」

「ふふ、そうなんだ……?」


 白亜は、珍しく微笑んだ。

 それはクラスの連中が見たことのない、表情に乏しい彼女が稀に見せる貴重な笑顔だった。

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