第30話 親しみのハグ

 待ちに待った翌日の放課後にて、小糸先生が解散と言って教室を去った直後、素早く鞄を持って立ち上がる。早く詩織を迎えに行って白亜の家に向かわねば。


「あっ、ちょっと待って矢野くーん」


 美凪が、いかにも雑用ですよ、親しい仲じゃないですよ、的なトーンで呼びかけてくるがスルーする。


「まさかの無視!? ちょ、待ってよ!」

「あはは、矢野っちにフられたねー?」

「違うの乃々花、ただ先生から矢野くんに伝えてって言われたことがあっただけなの!」

「そういうことにしておいてあげる」

「本当に違うんだからー!」


 背後がぎゃーぎゃーとうるさい。

 クラスメイトたちに注目され始めている。このままじゃ美凪を無視した大罪人として恨まれるかもな。


「……美凪さん、先生からの伝言は」

「あ、うん。聖さんに関してなんだけど」


 まさか本当に小糸先生からの伝言だとは思わず、俺は気を引き締めて美凪の話を聞いた。


 小糸先生は日頃から白亜の家に訪問しているわけだが、なぜ学校に来ないかと聞いても白亜は答えないみたいだ。うつむいて“なんとなく”とだけ呟く白亜の様子からして、担任には言いづらいのではないのかと思った小糸先生は、それとなく俺に聞いてほしいとのことで。


 まったく、俺は先生のパシリ役じゃないんだぞ。

 不登校の理由を聞けと言われても、友だちにそんなセンシティブなこと問いかけるのも勇気がいるんだわ。


「はあ……分かったよ。聖さんに聞いておく」

「うん、矢野くんに任せたからね」

「矢野っち頑張れ~あたしも聖ちゃんには学校来てほしいからさ~」


 陽キャ二人が期待に満ちた顔で俺を見てくる。

 ついこの間まで美凪や朱宮に声をかけられたことなんてなかったのに、ここ数週間で俺の人生が急速に変わりつつあった。


 とりあえず教室を出て、詩織と合流する。

 愛華は部活があるために、このまま帰っても構わない。


「いったん家に戻ってから聖さんの家に行きましょう」

「ああ。白亜、いま行くからな……!」

「どうしてそんなに気合入ってるのよ」

「いや、なんというか……担任に頼まれたんだよ。不登校の理由を聞いてきてくれってさ」

「大変ね……琉衣が聞きづらいんだったら私が聞いてもいいけど」

「ま、状況に応じて頼むよ」


 自宅で私服に着替え、同じく私服姿の詩織が玄関前にやってきた。

 詩織は肩掛け鞄に携帯ゲーム機を入れていた。どうせなら俺も持っていくか。白亜と遊べるかもしれないし。


 道を歩きながら白亜の人となりを詩織に伝える。

 物静かで声を出して騒いだりしないが、友だちと接するのは嫌いじゃなさそうなこと、そしてスーパーウルトラハイパーミラクル美少女なことを熱弁した。


「推しを語る時のオタクね……」

「ち、違うし……俺は別に白亜のことは……」

「はいはい、私みたいなセリフはいいから。そろそろ着くのよね」

「ああ、俺たちの家と大して離れてないからな」


 白亜の家に到着すると、庭の広さと家のデカさで詩織が驚いていた。美凪家ほどの豪邸ではないとはいえ、白亜家も相当なデカさだよなぁ。


 庭の犬小屋を覗くと、デカい犬はいなかった。散歩中だろうか。


 スマホで白亜に到着したとメッセージを送れば、入ってくれとの返信が。入り口のドアを開け、玄関の先の二階へと繋がる階段を上がった。


 白亜の部屋をノックする。

 

「……入って」

「ああ、お邪魔します」

「お、お邪魔しま~す」


 詩織が声に緊張を滲ませながら、ドアを開けて部屋に入り込む俺に続いた。

 

 いつものように薄暗い空間の中、PCの前でゲーミングチェアに腰掛けるゴスロリ美少女。


 白亜は俺たちに視線をよこすと、静かに立ち上がった。

 まるでレッドカーペットを歩く貴人みたいな風格で俺へと距離を詰めてくる。


 なんだろう、と内心で首を傾げた瞬間。


「Hej、琉衣……来てくれてありがとう」


 白亜の細身が急接近して、俺の背中に腕が回される。

 身体の前面に温かさが伝わった。女子の体温だ。白亜の頬が俺の胸板あたりに密着しているのを認識した途端、自分が何をされているのか理解する。


 ――白亜に抱きつかれられてるぅぅぅぅぅ!!


「ああ、おお、白亜さん……なぜ俺に抱きついて?」

「……挨拶」


 抱きついたまま俺を見上げる白亜は、特に変わったところはない。いつも通りの無表情で頬を赤らめることもせず、ただ俺に抱きついているだけだった。


 挨拶。なるほど。スウェーデン人のね。

 つまり親しみを込めたハグであり、白亜に特別な感情はないのだと気づいたけど、それはそれとして白亜に抱きつかれるなんてぇぇぇぇ!! 女神の体温を直に感じる我が罪をお赦しください。


「えっと、聖さん、ご機嫌よう」

「あなたが詩織……?」

「ええ、そうよ」


 おずおずと自己紹介した詩織。白亜は俺から離れると、詩織に向けて手を差し出した。二人は握手をする。


 白亜に抱きつかれた衝撃で脳がフリーズしている俺をよそに、詩織と白亜が会話する。


「聖さんを初めて見たけど、こんなに神秘的な容姿の子だとは思わなかった。とても素敵よ」

「……ありがとう。白亜でいい」

「うん、なら白亜さんって呼ぶね」


 微笑む詩織。白亜は無表情だが、雰囲気は柔らかかった。

 きっと嬉しがっているに違いない。


 俺と詩織は床に座らせてもらう。白亜も俺たちの前に女の子座りした。


「……なにする?」

「白亜、何も考えてなかったのか」

「うん……ただ琉衣たちと遊びたかっただけで、何するかは……」

「そうか。せっかくだし、詩織も交えてゲームしようぜ」

「私、二人のプレイについていけるかしら」

「だいじょうぶ……私は、あんまり上手くないから……」

 

 俺たちは携帯ゲーム機で遊ぶことにした。

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