第29話 陰キャと、ぼっちと、青春

 美凪は詩織が俺の弟子になることを渋々ながらも了解し、今日はお開きになる。


「結局は美凪さんも弟子のままなのね」

「美凪の腕は平均より上ってだけで、俺の足元にも及ばないからな。まだまだ教えてほしいことがあるんだろう」


 美凪が帰っていった後に俺と詩織は床に腰を下ろして落ち着いていた。先ほどまで同級生の女子とはしゃいでいた詩織は、若干疲れたみたいだ。ソックスに包まれた足をダラっと伸ばして息をつく。


「美凪さんって琉衣のクラスのアイドルなんでしょ? なんだか聞いていた印象と違うような気がするけど」

「学校では猫かぶってるんだよ。さっきまでの美凪が素の美凪なんだ」

「なるほどね。学校で素のままを見せるとクラスメイトに嫌われると思っているのかしら」

「たぶん、そうなんだろうな」


 なんだか分かる気がする、と詩織は呟く。

 ありのままの自分を見せたら周囲に嫌われるんじゃないか。できるだけ嫌われないような良い子になっておこう――そう思う人も少なくはない。俺は良い子になるつもりはないし、なりたいと思ったこともないけど。


「はあ……ちょっとだけ美凪さんにシンパシーを感じたかも。優しくしてあげたほうがいいかもしれないわね」

「詩織も学校で取り繕ってるのか?」

「美凪さんほどじゃないけど、自分の言動を抑えようと思う時はあるわ。愛華ちゃんみたいにマイペースを貫ければ良いんだけどね」


 もし詩織が愛華みたいになったら俺は泣く。

 

「私も帰るわ。明日からゲームのご指導よろしくね」

「本当に弟子になるつもりなのか」

「ええ。負けたままじゃ悔しいし、琉衣に鍛えてもらって美凪さんに圧勝できるぐらいのゲーマーになるわ」

「詩織なら、すぐになれるよ」

「ありがとう。あなたが言ってくれるなら、間違いないわね」


 随分と信頼されているもんだ。

 昔は俺が詩織を師と仰ぐような関係だったのになぁ。


 時の流れというのは俺たちの色々なものを変えていく。

 これ以上は変わってほしくないと思う。さざ波すら立たない湖面みたいな平穏安息の人生を送りたいよ。


 詩織が隣の家に戻っていくのを見送り、ベッドにダイブ。

 すると枕元のスマホが音を立てて振動する。


 一体なんなんだ、これから休もうと思ったのによぉ、と毒づきながらスマホを取ると画面に聖白亜という文字列が並んでいて飛び起きた。


「白亜、どうしたんだ⁉︎」


 即座に通話ボタンを押してスマホを耳元に寄せる俺。

 

『……琉衣、ちょっといい?』

「もちろん。何か相談でもあるのか?」

『相談じゃなくて……明日、私の家で遊べるかなって……』

「遊べる。超遊べるよ」


 考える間もなくオーケーした。

 白亜が安心したように吐息を漏らす。友だちを遊びに誘うのは勇気がいるよな。やんわりと断られたら落ち込むし。でも俺が白亜のお誘いを断るわけないのだ。明日の放課後に遊びに行くと伝えて通話を切った。


「うおおお! 白亜からのお誘い!」


 スマホを枕元に叩きつけて俺は吠えた。隣の部屋から琉衣うるさいと声がしたが気にしない。俺の女神は白亜だけなのだ。清楚で物静かな彼女だけが俺の心を一切揺れない湖面のように穏やかにさせてくれるのだ。


「あっ……詩織が明日から来るんだっけ……」


 おいおい、俺は女神と幼馴染のどちらを優先すればいいんだ。

 あと、ついでに美凪も。

 というか俺が三人の女子に求められるとかヤバいって。人生アオハルモード突入してるじゃん。


 まるでラノベ主人公みたいな俺が選ぶ女子が誰なのか、おわかりいただけるだろうか。そう、俺が選んだのは――。


「詩織、明日は用事ができてな――」

『知ってるわ。クラスメイトの聖さんから遊びに誘われたのよね?』

「なんで知ってんの? 超能力者?」

『つい今しがた愛華ちゃんから教えてもらったの。琉衣が聖さんの名前を叫んでるって』

「俺のプライバシーに配慮してくれって妹に伝えに行く」

『ちょっと待って。私も聖さんの家に行ってもいい?』


 詩織は白亜がどんな子なのか気になるので会ってみたいそうだ。


「どんな子って、女神だけど」

『はあ?』

「すまない、冗談だ」

『そう……聖さんって長らく学校に来てないのよね? もしかしたら繊細な子かもしれないし、琉衣だけじゃ粗相がないか心配なのよ』

「俺は白亜が嫌がるようなことはしない」

『それを確認するために、明日は同行させてもらうわ』


 まあ、詩織が来ても白亜は気にしないだろう。

 むしろ喜びそうだ。白亜は物静かで無表情だから感情が分かりにくいが、友だちと遊ぶのは嫌いじゃないのだと、俺は彼女と接する中で気づいていた。


「了解。白亜に伝えておくよ」

『うん、頼んだわね。聖さんが私ともお友達になってくれれば嬉しいなぁ』


 詩織の声音はどことなく朗らかで弾んでいる気がした。

 もしや詩織さん、単純に友だちが欲しいだけなんじゃないのかね。


 そういえば子供の頃の詩織はぼっちで、俺に構われたら『しょうがないわね! 一人ぼっちな琉衣と遊んであげる!』とツンデレっぽく言いながらも明らかに笑みを隠しきれていなかった。


 昔と同じで、自分から友だちを作りにいけないのか。

 美凪を煽りまくってる時の詩織は生き生きしていたし、放課後の詩織は学校で見せない本当の自分をさらけ出せているのかもしれなかった。

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