第31話 白亜の過去

 偶然にも、この場の全員が共通で所持しているゲームがあった。

 ハンターがモンスターを狩る、有名なアクションゲームである。

 

「詩織、このゲーム持ってたんだな」

「ええ。ゲームを買うのは久しぶりだから、とりあえず有名なのを選んでおこうと思って」


 またゲームをやることに決めた詩織は、さしあたって有名どころのソフトをやっていこうと思いオンラインショップでDL版を買い漁ったらしい。


「白亜も、このゲームでいいか?」

「……うん」


 可愛らしく女の子座りする白亜は、ゲーム機を両手で握って頷いた。俺たちは集会所に集まって受けるクエストを選ぶ。


 俺や白亜はともかく詩織は慣れていなかったので、初めは簡単なクエストを受注した。


 討伐対象のボスモンスターを発見し、挑む。

 俺が率先して前に出て、白亜が詩織をサポート。ボスが弱っていき、よろよろと撤退を始めた瞬間を狙い、詩織がボウガンの一撃をお見舞いする。


「やったわ!」


 ボスは倒れ、クエストクリア。詩織が歓声を上げる。

 

「やるじゃないか詩織。白亜もサポートが上手だな」

「白亜さんがサポートしてくれたおかげで動きやすかったわ。ありがとう」

「……うん」


 褒められて満更でもないのか、頬を少しだけ紅潮させる白亜。

 照れてる姿も女神だ。

 

 ひとしきり遊んだところで、詩織がチラチラと視線を向けて訴えてくる。そろそろ例の質問をするべきか。


 それにしても言いづらい。せっかく友だちになれたのに、この質問をしたせいで嫌われたらどうしよう。そうなったら小糸先生を恨むぞ。駄々こねて無理やり俺の単位上げさせてやる。


「白亜、ちょっといいか」

「いいよ」


 ゲーム機を置いて、白亜と向き合う。

 白亜は、じっと俺を見つめた。


「白亜は、その……学校に来てないよな。そろそろ単位がヤバいんじゃないか」

「そうかも」

「実は小糸先生から頼まれたんだ。白亜に不登校の理由を聞いてきてほしいって」

「そう」


 白亜の様子を窺う。白いまつ毛が伏せられ、陰りのある表情になった。やっぱり聞かれたくないよな、こんなこと。


「白亜が嫌なら、理由なんか全然言わなくても構わない。先生には適当に応えておくよ」

「ううん、言う……」

「そうか」


 隣の詩織も心配するように白亜を見つめている。

 俺は、あえて何でもないように軽い調子を装った。あまりシリアスなムードにしても白亜が気を落としてしまうかもしれない。


 そして、白亜は不登校になった理由を語りだす。


 中学生の頃の白亜はクラスに馴染めなかった。スウェーデン人の血を色濃く受け継いだ容姿のせいで奇異の視線で見られることが多かったらしい。


 ただ、決していじめを受けたり無視されることはなく、クラスメイトの大半は白亜に優しく接してくれた。


 だが、中には無遠慮な奴もいる。

 ある日、クラスのお調子者が白亜の容姿をからかった。

 肌が白すぎる、ちゃんと陽に当たってんのか。そういう軽い口調だったらしい。


 容姿をからかわれた白亜は少なからずショックを受けたものの、それ自体はあまり問題ではなかった。容姿について指摘されることは多々あったし、自分が耐えればいいだけだったから。


 しかし、クラスの中心人物的な女子が男子を叱責したことにより、教室の空気が変わっていく。初めは女子も軽く叱るだけだったが、段々とお調子者の男子に業を煮やし、口喧嘩に発展。


 他のクラスメイトも交えての大口論になってしまったクラスの様を見て、白亜は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。雰囲気が良かったクラスが自分のせいで崩壊していくのを目の当たりにし、この場から消えてしまいたいと思ったのだ。


「それで……次の日から学校に行けなくなって……」

「そうだったのか」

「うん……」


 高一の頃は違う学校にいて、保健室登校はできていたそうだ。

 高二になる直前、この家に引っ越してきて蛍雪高校に在籍することになったが……。


「なんか、もう……学校自体が嫌かも……」

「分かるぜ。その気持ち、非常に分かる!」

「ちょっと琉衣、あなたと一緒にされると白亜さんも困るんじゃないかしら……」


 詩織は白亜と真剣に向き合い、言う。


「とは言いつつも、白亜さんの気持ちは私も分かるわ」

「そう……?」

「うん。私も学校が嫌で、登校拒否したことがあったの」

「初耳なんだが?」

「だって琉衣には言ってなかったもの」


 去年の詩織は親や先生の声を無視して一ヶ月ほど学校に行かず遊び呆けていたらしい。意外とやりたい放題やってたんだな詩織さん……。


「なにもかも嫌になってたのよ。むしゃくしゃして、全てどうでもよくなって、このまま不良になろうかしらって思ってた」

「でも、結局は登校するようになったんだな」

「そうね。親や先生が気にかけてくれてるのに気づいて、申し訳なくなったの。そして久しぶりに登校したら、たくさんの人たちが私を心配してくれていて……私は、こんなに周囲の人たちに恵まれていたのにもかかわらず、何を一人で拗ねていたんだろうって恥ずかしくなったわ」


 語り終えた詩織は恥ずかしそうに頬をかいた。詩織にとって黒歴史みたいなものなんだろう。そんな恥ずかしい自分をさらけ出した彼女は、真摯な目で白亜に伝える。


「もし白亜さんが辛いのなら、一人で抱え込まず信頼できる大人に相談するのも一つの手だと思う。きっと、あなたのために動いてくれるはずよ」

「……でも」


 白亜は瞳を曇らせ、気まずそうに俯く。

 そう言われても伝えづらいもんは伝えづらいよなぁ。

 

「別に、このままでいいと思うけどな」

「琉衣はそうなんでしょうけど」

「ああ。だって俺としては、白亜が不登校だろうがなんだろうが、俺の友だちであることには変わりないし」

「無責任ねぇ。白亜さんも琉衣のおバカさんに何か言ってあげたら?」

「琉衣……単純……」


 まさか白亜に呆れられるとは。

 だが俺の言葉に思うところがあったようで、白亜は先ほどよりも雰囲気を柔らかくしている。なんとなく吹っ切れたように見えるのは俺の錯覚ではないと思いたい。

 

「――ありがとう。琉衣、詩織」

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