第56話 ボイストレーニング開始
歌い手の藤原麗奈さんは、勝ち気そうなツリ目で俺たちを観察する。これからボイトレに励む唯菜と白亜だけでなく何故か俺もしげしげと見つめられていた。
麗奈さんの格好はTシャツとショートパンツ、スポーツサンダルという、カジュアルを突き詰めたようなものだった。これといった個性があるファッションではないが、本人の素材が良すぎるために立っているだけで人目を惹く吸引力がある。
唯菜よりもサイズがある巨乳は圧巻だし、腰はくびれて足はすらりと長いし、歌い手というよりもモデルさんみたいだ。
麗奈さんが動だとしたら、隣に立つスノウちゃんは静だ。
ゆったりとしたブラウスにミニスカート。身体の線は細く胸の膨らみも慎ましやか。
彼女の醸し出す物静かな雰囲気は配信でゲラゲラ笑っている様子とは程遠い。本当に本人なのかと勘繰ってしまうぐらいにはギャップがあった。
「なにジロジロ見てるのよ」
「私たちが気になるのかな?」
腰に手を当てた麗奈さんが俺を睨み、スノウちゃんが微笑む。
なにかと対照的な二人に俺は弁明した。
「いや……お二人とも綺麗だなって……」
「あー、琉衣くんが麗奈さんとスノウちゃんをナンパしてるー」
唯菜があらぬことを言う。ナンパじゃねぇよ。
「二人とも彼氏いるんだから、琉衣くんがナンパしたって靡かないよー」
「ん……諦めるべき」
「白亜まで言うか。もうナンパでいいよ」
弁明を諦め、ため息をつく。
そんな俺の様子を見たスノウちゃんがくすくすと上品に笑った。
「なんだか昔の私たちと碧くんの関係みたいじゃない?」
「確かに似ているけど、そんなのどうだっていいわ」
麗奈さんは唯菜と白亜に向き合った。
「さっそくボイトレ始めるわよ」
「待ってました! 頑張ろうね、白亜ちゃん!」
「えいえいおー」
人気歌い手に会えてテンションの高い唯菜と気の抜けたえいえいおーをした白亜は、麗奈さんと一緒にマイクがあるスタジオ側に向かう。
俺はというと、向かい側の椅子に座ったスノウちゃんと対面することに。やばい、目の前にVTuberの中の人がいることに緊張してきた。唯菜や白亜を相手にする時とは違った緊張感だ。
「琉衣くんは二人の付き添いなんだよね?」
「そ、そうっすね……」
「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ。あなたが二人の友達なら、私にとってもあなたは友達のようなものだから」
友達認定された。いや嬉しいけど、俺なんか友達にしていいの。あんた一応、人気VTuberでしょ。
物凄く今更感のあることを思いながらおどおどしてたら、ボイトレが始まった。自然と俺の視線はスタジオ側に引き寄せられる。
「始めは、そうね……なんでもいいから適当に一曲歌ってみましょう」
「なんでもいいんですか? じゃあ好きなボカロでも?」
「ええ、いいわ。あんたたちの好きなボカロ曲ってなに?」
「ん~、私は“リオP”さんの――」
「それいいね、唯菜」
「でしょでしょ? 白亜ちゃんも好きだったよね?」
手始めに歌うボカロ曲が決まったようだ。唯菜と白亜は並んで立つと、同時に息を吸って歌い始めた。
「ふーん、いいじゃない」
二人が歌い終えると、麗奈さんはパチパチと拍手した。
人気歌い手に褒められた唯菜と白亜は目を合わせると、どことなく不思議そうな顔を浮かべる。
「今ので良かったのかな? 私、普通に歌っただけだったよ」
「私も。いつも部屋で歌ってる時のノリ」
「それでいいのよ。今のでも大体の実力は分かったから」
麗奈さんは一曲聴いただけで二人の実力を理解したようだ。
まずは唯菜の歌い方の特徴を並べていった。
「あんたは表現力に長けてる。歌ってる途中で急に別人のような歌声になったり、女性にしてはかなり低いハスキーな声を出すのが得意ね。低音ボイスは紛れもなく武器になるから、その調子で突き詰めていくといいわ」
「わ~ありがとうございます! 麗奈さんに褒められて唯菜ちゃん感激!」
確かに唯菜の表現力は凄い。特に本物のショタと思わせるほどのハスキーな低音ボイスは、配信時の萌え声とは全く異なる別人の声だった。こんな才能を持ってるなんて、天は二物を与えたもんだ。
「低音ボイスと言えば、彼も中々だと思うけど」
麗奈さんの顔が俺のほうを向く。
ここで俺っすか?
「琉衣っていうのよね。あいつは歌ったり配信したりしないの?」
「琉衣くんは単なる一般ゲーマーですから。表に出て声を出すのが嫌みたいで」
「ふーん、もったいないわね。良い声してるのに」
「おやおやー? まさか彼氏さんの声に似てるから意識しちゃいましたかー?」
「黙れ鬱陶しい」
「ひえっ、ごめんなさい!」
調子に乗った唯菜が慌ててペコペコと頭を下げる。なにやってんの、あのバカ。
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