第24話 幼馴染をやり直す

 帰りも五分ほどの道のりだったが、やけに長く感じられた。

 俺たちの家の前に着くと、詩織はようやく口を開いた。


「ごめんなさい、琉衣」

「どうして謝るんだ」

「さっき冷たい態度を取ってしまったでしょう? 小さな子供の頃のように拗ねちゃって、なんだか自分が馬鹿みたいに思えてきたの」


 こちらを見つめる詩織の顔は穏やかだった。

 しかし、やっぱり気まずいようで、何度か視線を逸らす。

 そして彼女は、思い切ったように言った。


「あの時の私は子供だったから、感情に任せて琉衣に酷い言葉をぶつけてしまった。本当は、そんなこと言うつもりじゃなかったのに」

「そうだったんだな」

「うん……なんというか、あの……」

「いいよ、もう」

「え?」


 家の前で男女のいざこざを話しているみたいで小っ恥ずかしい。

 照れ隠しに髪をガシガシと指で梳きつつ、詩織と目を合わせないまま言う。


「俺も悪かったよ……あの時は詩織にゲームで勝てたのが嬉しくて、調子に乗ってしまったんだ。俺が言うべきだった言葉は、あんなんじゃなかったはずなのにな」

「琉衣……」

「だから、ごめん」


 俺が頭を下げると、詩織が慌てたようにあわあわと両手を振っている。なんだろうと思って頭を上げてみれば、犬の散歩中のご近所さんに見られていた。


「ここで話すことじゃなかったわね! とりあえず家に入りましょう!」

「あ、ああ」

「久しぶりに琉衣の家に入ってもいいかな……?」

「問題ない」


 その場から逃げるように俺たちは家に入った。

 黒いソックスに包まれた足で廊下を歩く詩織は、我が家に懐かしさを感じているようだ。


「やっぱり変わらないね、琉衣の家は。昔と同じで穏やかな雰囲気をしているわ」

「その穏やかな雰囲気とやらが、あの頃から分からないんだよな」

「私も言葉で表すのは難しい。だけど、なんとなく肌で感じるの」

「そういうもんか」


 家の間取りを知っている詩織は、迷うことなく足を進める。

 リビングに入ると、ソファの上の愛華がこちらを見た瞬間、ギターを抱えたまま転げ落ちる。


「しししししーちゃん!?」

「ご機嫌よう、愛華ちゃん。久しぶりね」


 泡を食って駆け寄ってきた愛華は、勢いよく詩織に抱きついた。


「久しぶりなんてもんじゃないよ、もう一生話せないかと思ってた!」

「そんな、大げさよ……お隣さん同士なんだし」

「でも琉衣が惨めにフられてから、全然話しかけてくれなかったし!」

「それは謝るわ。ごめんね、愛華ちゃん」

「ううん、謝らなくていい! また家に来てくれただけで充分!」


 大好きな姉に甘えるように愛華は詩織の胸元に頬を擦りつける。詩織は慈愛に満ちた手つきで愛華の頭を撫でた。


 ひとしきり詩織に甘えた愛華は、昼食をねだってくる。

 俺は手に持ったコンビニ袋を差し出した。


「うっほーい、今日は焼肉パーティーだぜい! 宴じゃ宴じゃー!」

「コンビニのカルビ弁当で焼肉パーティーするのか」

「細かいこと言うなって琉衣! せっかくしーちゃんが来てくれたんだし、盛り上がらなくちゃ損だし嘘でしょ!?」

「テンション高いなぁ」


 詩織と再会できたのが、よほど嬉しかったらしい。

 愛華は肩がけしたギターを鳴らし、コンビニ袋を持ってダイニングへと駆けていった。


 俺と詩織は目を合わせ、同時に肩を落とす。

 ただ純粋に再会を喜びはしゃいでくれる愛華を見ていたら、肩の力が抜けてしまった。


「もっと早く、あなたに声をかければ良かった。そうしたら、数年もの間、お互いを見てみぬふりしなくて済んだのに」

「俺を許してくれるのか?」

「もともと、そんなに嫌ってなかったわ。煽られたのはムカついたけど、後になって考えてみたら、私がゲームで負けたのがいけなかったわけだし」


 詩織はゲームが上手く、どんなに難しいゲームですら簡単にクリアしてしまう彼女に俺は尊敬を抱いていた。憧れは、やがて別の感情に変わり……いつの日か俺は詩織を異性として好きになってしまった。


 とある日、俺は彼女に決闘を申し込んだ。

 ゲームで俺が勝ったら、告白を受け入れてくれと。


 結果として俺は勝ったわけだが、憧れの詩織を負かした事実に調子づいてしまい、言わなくてもいい言葉を投げかけてしまった。


『るーくんなんて――大嫌い!』


 そう言って部屋を飛び出していった詩織。

 去り際で怒るように、悔しそうに泣いていた彼女に俺は何も言えなかった。ただ罪悪感と自責が雪崩のように押し寄せてきて、次の日から俺は、ずっと仲が良かった幼馴染に声をかけることができなくなってしまった。


 俺が彼女に投げかけてしまった言葉は、ゲーマーならば言われたくない言葉だった。今は、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうと深く反省している。


「ねえ、もし琉衣が良かったら……その……」

「なんだ?」

「本当に琉衣が良かったらでいいんだけど、あの……明日から一緒に登校しない!?」

「いいよ」

「そうよね、やっぱりダメよね――って、いいの!?」

「ああ、問題ない」


 詩織は泣きそうな目であわあわしている。胸の前で開かれた両手が揺れる様はパントマイムみたいだ。


「でも、琉衣にとって私は自分をフッた嫌な女なわけで、そんな女と一緒に登校なんてしてもいいの!?」

「別にいいよ。俺はもう細かいことは気にしないように生きていくと決めたんだ」

「謎の思い切りの良さ! 琉衣がここ数年間、どんなふうに生きてきたのか気になる!」

「明日の朝、準備ができたら迎えに行くよ」

「う、うん……待ってる」


 なぜか赤面してもじもじする詩織が乙女みたいだった。

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