第23話 疎遠になった幼馴染

 玄関で靴を履いている最中、俺の中に変な感覚が湧き上がっていた。

 虫の知らせというか……第六感が騒いでいる気がする。

 

「気のせいだろう」


 近所のコンビニに行くために家を出るだけだ。悪いことなんて、そうそう起こらないだろう。


 俺は玄関のドアを開けて外に出る。

 ――ほぼ同時に、隣の家のドアが開けられて女子が出てきた。


「あっ……」


 女子が俺に気づいた瞬間、驚いたような表情を見せる。

 俺は何も言えず、ただ突っ立っているだけだ。突然の出来事に動揺して動きが止まってしまった。ここが戦場だったら次の瞬間に撃たれて死んでる。


「あ、あら、奇遇ね、るーくん……じゃなかった、琉衣」

「あ、ああ……」


 ぎこちない挨拶を交わし合う俺たち。


 女子は可愛らしい童顔をしていて、背は俺より頭一つ分は低く、可憐な美少女だった。


 胸元にリボンが結ばれたフリルブラウスと腰からふんわりと広がるミニのフレアスカートが彼女を清楚な雰囲気に仕立て上げている。おまけにツーサイドアップの髪が金色だから、お嬢様のようだ。


 俺は彼女を、よく知っている。

 いや、よく知っていたというべきか。

 小学校入学時に知り合い、お互いの家を行き来するほど仲が良かった幼馴染――久遠くおん詩織しおり


「すごく久しぶりね、中一の時以来かな……?」

「そうだな……」

「じゃ、じゃあ先に行くわね……」


 故障したロボットのようにカクカクな動きで歩いていく詩織。

 その先には俺の目的地であるコンビニがある。


「ちょっと、どうしてついてくるの……?」

「いや、コンビニ行くから……」

「そ、そう……実は私もなの」


 詩織の半径三十センチほど離れた後方を歩く俺は、その挙動不審ぶりからストーカーだと思われても仕方ない。


 数年前は隣合わせで歩いていた道。だけど今は彼女と俺の距離は遠かった。


「ねえ、最近楽しそうね」


 急に話しかけられて肩がビクッとなる。

 恐る恐るというふうに詩織が顔だけを振り返らせ、声をかけてきた。


「よく賑やかな声がお隣から聴こえてくるの。あなたも愛華ちゃんも相変わらず仲良しみたいね?」

「まあな……」

「それと、たまに愛華ちゃん以外の女子の声も聴こえる気がするのだけど……」


 美凪の声だろう。やはり家が隣同士だと、俺たちのバカ騒ぎは筒抜けのようだ。目を伏せているような詩織に応える。


「同じクラスの子だ。やましい関係じゃない」

「やましいだなんて、そんなこと言ってないじゃない」

「そうか」

「そうよ」


 会話が終わる。

 詩織は前を向いて歩き、俺は詩織の華奢な背中の斜め下辺りを見て歩く。俺たちは無言のまま、家から徒歩五分ほどのコンビニに到着してしまった。


「あはは……着いちゃったわね」

「そうだな」

「別々に入るのもおかしいし、一緒に行かない?」

「俺はいいけど」


 詩織のほうはいいのだろうか。

 彼女は俺を嫌っているだろうし、二人仲良く友だちみたいに入店するのは気が引ける。


「コンビニぐらい構わないよ。たまたま会って、たまたま行き先が同じだっただけでしょう?」

「違いないな」


 俺たちは一緒にコンビニの自動ドアを通り抜けた。

 それから別々の棚のほうに別れる。俺は昼食を見繕いに弁当コーナーのほうへ。詩織は飲み物を買いに来たようで、奥にあるドリンクコーナーを眺めている。


 愛華が好きな炭火焼きカルビ弁当とおにぎりを持ってレジに向かうと、ちょうど詩織もジュースのペットボトルを持って反対側のレジに立っていた。


 会計を終えたのも同時で、間が良いのか悪いのか分からない。

 結局は入る時と同じで一緒にコンビニを出てしまった。

 俺たちの中に再び気まずい空気が流れる。

 

「帰る方向も同じなのよね……はあ」

「溜め息つきたいのは俺のほうだ」

「な、なによ……そんなに冷たいこと言わなくてもいいでしょ?」

「自分をフッた女と、あまり一緒にいたくないんだ」

「それは、るーくんが――琉衣が悪いの。私をあんな風に煽るから」

「ごめん……」

「いや、そんな素直に謝られても……どういう顔をすればいいのか分からないわ」


 とりあえず歩こう。さっさと家に帰って愛華と昼食を取る。そして詩織と会ったことは忘れる。すると明日も変わらぬ日常が続く。それでハッピーエンドだ。


 緊張で喉が渇いたのか、前方の詩織がペットボトルのキャップを開けて飲み始める。毒々しい色をした、カフェインとか砂糖がたくさん入ってて身体に悪そうな炭酸ジュース。昔の詩織も、よくそれを飲んでいた。高校生になっても好みは変わらないようだ。


「ぷっはぁ……生き返るぅ」

「相変わらず好きなんだな、それ」

「なによ、悪いの?」

「別に。ただ身体に悪い成分が多そうだなって」

「炭酸ジュースなんて、全部そういうものでしょう? 身体に配慮してたら一口も飲めないわ」


 一分も満たないうちにジュースを飲み干した詩織。

 可愛い顔つきとは似合わない豪快な飲みっぷりだ。

 ピンク色の唇を艷やかに湿らせた詩織は、ジト目でこちらを振り返る。


「さっきクラスの子が家に来てるって言ったわね」

「なんだよ、悪いかよ」

「悪くはないわ。ただ……その子と楽しそうなのが気に入らないの!」

「はあ?」

「違うの別にあなたが気になるわけじゃないから勘違いしてもらったら困るのだけれどとりあえずその子と話す時は声を小さくしてくれると助かるの!」


 頬を赤らめ、めちゃくちゃ早口で言った詩織は、はあはあと息切れする。やたら力んでいるようで、こんな彼女を見るのも懐かしかった。


「落ち着け……なんだか知らんけど、これから美凪と話す時は配慮するよ」

「美凪さん? 琉衣のクラスの委員長?」

「そうだ」

「ふーん、あんな美少女とお知り合いになれたの。良かったね」


 急にテンションが落ちた詩織は、家に到着するまで振り向いてくれなかった。


 

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