第22話 休日の女神と陰キャの負け犬理論
やるべきことは果たしたので、早く家に帰ってゲームで傷心を癒やしたい。
「そうだ、矢野くんに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。矢野くんはケーキ好きかな?」
「好きだけど」
部屋を出て美凪の後を付いていく。キッチンにあったデカい冷蔵庫から取っ手の付いた白い箱を取り出した美凪は、俺に差し出した。
「昨日の夜にお兄ちゃんがケーキを持ってきてくれたんだけど、私だけじゃ食べ切れなくてね。二個あるから、良かったら持っていって」
「なんか高級そうなケーキだな……」
箱の開け口を少しズラして中を確認してみると、美味しそうなチョコレートケーキとチーズケーキが入っていた。市内で有名なパティスリーのケーキらしく、一切れ二千円もするのだとか。こんな高級ケーキ持ってくる兄ちゃん太っ腹すぎる。
「保冷剤も入ってるから、矢野くんの家に着くまで保つと思う」
「じゃあ、貰っていこうかな」
今日はケーキを肴にしながら、推しに拒否られた心を癒そう。
美凪に礼を言い、豪邸を後にした。
家に帰るとリビングのソファで愛華が腹を出してぐーすかと寝ていた。起こしてからケーキを見せてやると、目の前で魚をちらつかせられた猫みたいに飛びついてくる。
「おほー、うめー。普段食べてるコンビニケーキも美味しいけど、やっぱり高級店のは味が高貴!」
「味が高貴ってなんだよ……でも確かに美味い」
妹と高級ケーキの高貴な味を楽しんだ。
次の日、日曜日の朝からPCと向き合ってFPSをしていた俺は、ヘッドホンから聴こえる静かな声に耳を傾ける。
『うん、そこ。あと右のほう』
「了解――よし、倒した」
『ぐっじょぶ』
敵を撃ち倒した俺を称賛してくれるのは白亜だ。
約束通り、俺から白亜を誘ってみて一緒にゲームをやっているわけだ。女子をゲームに誘うなんて俺の人生ではレアイベントすぎるので、ちょっと緊張した。
『琉衣、やっぱり上手いね』
白亜が儚くも可愛い声で嬉しいことを言ってくれるので、俺のテンションは否応にも上がってしまう。最近は自分が美少女に褒められただけで舞い上がってしまうほど単純な男なのだとつくづく痛感している。
白亜のゲームの腕は普通レベルだったが、そんなのどうだっていいのだ。一緒にゲームしてくれて、なおかつ褒めてくれるなんて女神じゃないか。もう一人同じことをしてくれた女子がいた気がするが、今は気にしないでおく。
短く端的な指示を交わして戦場を駆け抜けた俺たちは、見事に勝利した。ふう、と息をついて肩を回す。
『お疲れ様、琉衣』
「白亜もお疲れ様。俺たち、中々のコンビネーションじゃなかったか?」
『そうかも』
画面の向こう側で白亜がこくこくと頷いてくれている姿が想像できる。もっと一緒にプレイしたい気持ちが湧いてきて、次なる戦場に彼女を誘った。
そうして二時間ほどプレイを続け、今日はこのくらいでやめておくかと白亜に言ったら、数秒の無言の後に小さな声が聴こえた。
『うん……』
なんだか残念そうというか、もっとプレイしたいという物足りなさが込められた返事である。そんなにこのゲームが好きなのだろうか。それとも、もっと俺とやりたいとか……それはないか。
『琉衣がやめるのなら、私もやめる』
「すまないな。ぶっ続けでやってたから肩が凝ってきたんだ。しばらく休ませてくれ」
『分かった』
短い返事の後、ボイスチャットが切断される。
ヘッドホンを外してゲーミングチェアから離れた俺はベッドにダイブ。仰向けで目を閉じて身体を休めさせる。
白亜も休んでいるだろうか。あの薄暗い部屋で一人、ベッドの上で白い素脚を伸ばして寝そべっている白亜を想像してみたら、なんだかいけない気持ちになってきて慌ててイメージを振り払った。
俺と白亜は、あくまで友だちの関係。あの純情そうなゴスロリ美少女に下心を持ってはいけない。彼女だって俺のことなどどうとも思ってないはずだ。
「きっとそうだ……」
高校生にもなれば自分がどういう人間なのか嫌でも自覚する。
俺は人として優秀でもなければ、自己研鑽に努められるような根性もない。
それに、たとえ何かを必死に頑張ったとしても、必ず成功するとは限らない。人生はなるようにしかならないのだから。
ならば、時間を浪費するだけの努力などせず、適当に生きていたほうがいいのではないか。そうすれば、無駄に傷つくことなんてない。賭けたコストが低ければ、負けたって少ない傷で済むのだ。
だから俺は、自身を取り巻く関係に期待しない。
もしかしたら恋人ができるんじゃないか、青春の日々が始まるんじゃないか、なんて思わない。
とまあ、ここまで負け犬の惨めな理論を語ったところで身体も休まった。ベッドから床へと立ち、部屋を出る。
リビングではソファにあぐらをかいた愛華がギターを弾いていた。アンプに繋がれたヘッドホンを装着して自分だけの音を楽しんでいる。そして陽気な歌声も口から漏れていた。
「愛華、今日の昼飯は?」
「びゅーてぃー、すてゅーぴっー、ああん♪」
「昼飯、何か買ってこようか!」
「んー、コンビニで適当なお弁当買ってきて」
ヘッドホン越しでも聴こえるよう大声を出した俺に愛華はニコニコしながら応えた。
ギターを弾く時間が楽しいのか、ここのところ毎日のようにリビングで一人ライブが開かれている。
夢中になれるものがあるのは良いことだ。
このまま愛華にはギターを頑張ってもらい、ダメな兄を養えるような人気バンドマンになってほしかった。
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