第21話 部屋で二人きり、そして朽ち果てる
PC周りのセッティングを終え、さっそく持ち主に使わせてみる。
椅子に座ってモニターと向き合った美凪は、マウスを動かしてポインターの行く先を目で追う。
「うん、なかなか良いかも。マウスパッドのおかげかスムーズに動かせるよ」
「感度はどうだ?」
「感度!? う、うん……結構、敏感です……」
頬を赤らめて太ももを擦り合わせるな。
「お前の感度を聞いたわけじゃないからな?」
「分かってるよぉ、マウス感度でしょ? ちょっと速すぎる気がするんだよね。もう少し遅めのほうが操作しやすいかもしれない」
「だったら調整しないとな」
マウスの設定は美凪の好きにさせる。個人で使いやすい設定は異なるので、俺が介入する余地はない。
設定を弄ってマウスを動かした美凪は満足げに頷いた。
ゲーム内での設定も自分で勝手にやるだろう。
そろそろ俺のやることもなくなってきたので、帰らせてもらおうか。
「今日はありがとね。わざわざ私のためにここまでしてもらって」
「まったくだ。貴重な休日を美凪のために費やしてしまった」
「この借りは、きちんと返さないといけないよね。うーん、どんなお返しなら矢野くんは嬉しいと思ってくれるのかな?」
そうだな……おっぱい揉ませてくれたら手とか息子が喜ぶ。
なんて素直な欲望をクラスのアイドル相手に言えるわけもないので、とりあえず気にするなと言っておいた。
「気にするよぉ。ここのところ構ってもらってばかりだから、やっぱり何かでお返ししたいな」
「じゃあ、今すぐハナ神に俺を紹介してくれ」
「ハナちゃんのこと好きすぎじゃない……?」
そ、そんなことないし……べ、別に三神ハナのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!
ただ、あれだけゲームが上手い女子を見たのは久しぶりだったので、一度はやり合ってみたいと思う。正直なところハナ神のAIMは俺よりも上手い。だが総合的な実力ならば俺も負けてはいないだろう。きっと白熱した接戦を繰り広げられるに違いない。
「うん、やっぱり一度はハナ神とやり合って一緒に血反吐を撒き散らしたいな……」
「矢野くんが戦闘狂キャラみたいなこと言ってる……」
「頼むよ、美凪。いや、美凪お嬢様」
「とりあえずお嬢様って呼んだら私が嬉しがると思ってない? まあ嬉しいんだけどね、うぇへへ」
気持ち悪い笑い声を出してないで、早くハナ神とコンタクトを取ってくれ。
押したら開くのが美凪という女子なのか、わりと容易くハナ神と連絡を取ってくれる。ハナ神も俺たちと同じ学生なので休日の最中なはずだ。スマホを耳元に寄せた美凪は、通話先の応答を待つ。
数秒ほど待てば、美凪がこちらに顔を向けた。
口元に人差し指を立て、静かにしてとの合図。俺は口にチャックをして一言も漏らさないようにする。
「休日中にごめんねハナちゃん。Vとは関係ないことで用があるんだけど」
『唯菜がV関連以外で通話かけてくるなんて珍しいねー。どしたのー?』
ハナ神の間延びした声が僅かにスマホから漏れ出している。ちょっと聴き取りづらいので思わず顔を近づけてしまうと、美凪は慌てたように飛び退き、表情だけで『近づくの禁止!』と叱ってくる。正直すまんかった。
「私の友だちでハナちゃんとお知り合いになりたいって言ってる人がいるんだ」
『ええー、女子かな? それとも男子?』
「男子なんだけど……」
『まじかー。わたし、女の子好きだしなー。男の子の知り合いはいらないというか、もう間に合ってまーすって感じなんだけど』
「スノウちゃんの彼氏だっけ? ハナちゃんも結構仲が良いらしいね」
『そうなんだよー。わたしとあいつは幾度となく共に戦場を駆け抜けたソウルメイトだから、他の男子なんて正直いらないかなー。ごめんねー』
依然としてスマホから漏れているハナ神の声を聴き取り、その場に崩れ落ちる俺。
ダメだ……女子にやんわりと拒否されるのがこんなにも辛いだなんて……やっぱり俺の人生に青春なんか存在しないんだ……。
通話が終わり、静寂が室内を支配した。
俺はうなだれたまま立ち上がり、ゴミの入ったコンビニ袋を持って部屋を出ようとする。
「なんだか今日は疲れたな……そろそろ帰るわ……」
「そんなにショックだったの!? ちょ、ちょっと待ってね! なんとかハナちゃんを説得してみせるから!」
「いいんだ……どうせ俺みたいな日陰者がVTuberと関われるなんていう都合のいい妄想、現実になるはずがなかったんだ……」
「私と白亜ちゃんもVTuberだよ!? 矢野くんはすでに二人のVTuberと関わってるんだよ!?」
空虚な抜け殻になってしまった俺を美凪が精一杯フォローしてくれる。ありがとう、美凪。俺がこのまま朽ち果てたら骨は拾わなくていいから、せめて静かに眠らせてくれ。
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