第48話 私の幼馴染は凄いんだ

「おおっ、あの時の天パお姉ちゃんか。私も覚えてるよー」

「おい愛華、失礼な呼び方するな……ごめんな、朱宮」

「全然いいよ~あたしって生まれつき天パってんからね~」


 朱宮は笑いながら、長く垂れた髪をくるくると指に巻く。そして離せば重力に反するように毛先が上に跳ねた。


 あの頃の朱宮も髪のクセが凄かった。その上ぼさぼさに伸び切って整えられてなかったので、失礼だが陰キャ感があった。しかし今の朱宮の髪はハネてはいるものの綺麗に梳かれてボリュームが抑えられており、色艶の良い美しい金髪が周囲の人たちの目を引いている。


「矢野っち兄妹に会えて嬉しいな~」

「またここで再会するとは思わなかったけどな。しょっちゅう来てるのか?」

「うん。あたしって水泳部なんだけど、部活が休みの時はここに来て泳いでってるの」

「泳ぐのが好きなんだな」

「泳いでる最中は嫌なこと忘れられるからね~あと運動にもなるし。ほら見ろ、この引き締まった脚を~」


 朱宮は自身のふくらはぎを握って膝を曲げ、見せつけるように素脚を突きつける。得意げにしているところ悪いが、女子の脚ってエロいなってことぐらいしか分かりません。


 よい機会なので一緒に泳ごうと朱宮が誘ってきたが、俺はもう疲れていたので愛華に任せた。プールサイドに座り込み、二人の女子が水中で戯れる姿を眺める。


 愛華も朱宮も元気が有り余っていた。二人とも小学生の頃はおどおど系の大人しい子だったんだけどな。特に愛華は朱宮と初めて会った時も人見知りを発動して俺の後ろに隠れていた記憶がある。


 しばらく泳いだ二人はプールから上がり、俺のほうに歩いてくる。水も滴るいい女たちが俺を挟んで左右に座り、前を通り過ぎた中年の男性が羨ましげな視線を俺によこした。


「はあ~、さっぱりした。愛華ちゃんも中々泳ぐのが上手いな~。ま、あたしほどじゃないけど!」

「さすがに現役水泳部には負けるって。それにしても乃々花さんは昔と変わったね。ま、私ほどじゃないけどな!」

「よく分からんところで張り合うね!」


 ツッコミを入れた朱宮は声を出して笑った。愛華も同じく楽しそうに笑う。仲良しで良いんだけど、俺を挟んで会話するのはやめてもらっていいかな。さっきからお前たちが動くたびに肩が触れてヤバい。


 競泳水着姿の女子たちが肌を密着させてきて身を縮みこませる俺。二人は俺のことなんか気にせず、ひとしきりお喋りした後にやっと居心地悪そうにしている俺に気づいた。


「あっ、ごめんねルイルイ。ほったらかして喋っちゃった」

「いや、いいけど……ルイルイって俺のこと?」

「そうだよ? ユイユイとお揃いって感じでよくない?」


 あいつとお揃いでも特に嬉しくない。

 というかユイユイを知ってるんだな。


「朱宮は唯菜がVTuberだと知ってるのか?」

「そりゃねえ。幼馴染だし」

「じゃあ、あいつが最近俺に絡んでくる理由も?」

「知ってるよ~。本人が直接言ってくれたわけじゃないけどね。ゲーム好きなルイルイが特訓してくれてるんでしょ?」


 唯菜が直接明かしたわけじゃないが、なんとなくで察していたらしい。なんで俺がゲーム好きだと知ってるのか聞いたら、他ならぬ昔の俺がゲーマーだと自称していたのだとか。そこは覚えてないな。


「わがままな唯菜が迷惑かけてるんじゃないかって心配だったよ」

「はは……あいつ幼馴染にもわがままって言われてる……」

「昔から唯菜はわがままで明るい子だったんだぜ~」


 体育座りをした朱宮は、過去に想いを馳せるように目を伏せた。


「明るくて、前向きで……あたしと正反対だったな。あたしは上手く人と話せなかったし、髪はいつもボサボサの陰キャだったし」

「もしかして乃々花さんが変わったのは唯菜さんのおかげなの?」


 愛華が尋ねると、朱宮はこくりと頷いた。


「ずっとこのままじゃダメだーって思ったから、唯菜を真似するようになったんだ。なるべく元気で明るく、皆に好かれる子になろって。だけど……ほんとは今でも、ふとした時に陰キャな部分が出てしまうんじゃないかってビビってるんだ」

「出たとしても俺は構わないな。昔の乃々花ちゃんを知ってるし」

「私もー。そもそも乃々花さんがどれだけ陰キャ感を醸し出したとしても琉衣のほうが陰キャでしょ。私が引っ張り出さなきゃ一年中引きこもってゲームばっかしてる野郎だし。だから気にするなって!」

「あはは、二人ともありがと~。良い兄妹だなぁ」


 朱宮は笑った。その笑顔は昔の朱宮が浮かべていた卑屈な笑顔とは程遠いので、きっと良い方向に変われているんだと思う。


 その後も朱宮は唯菜について話した。よっぽど唯菜が好きなようで、推しを語るオタクもかくやといった勢いで美凪唯菜という女子の魅力を語る朱宮なのであった。 

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