第47話 夏の始まり、市民プールで再会

「あっちぃ〜……急に蒸し蒸しになりやがって」


 休日の朝、うだるような暑さで目が覚めた俺はクーラーのリモコンに手を伸ばした。


 じとじとした梅雨が過ぎ去ったら唐突に気温が高くなった。まだ七月に入ったばかりだというのに暑さで起きてしまうレベルだ。


 しかし文明の利器は便利なもので、リモコンのボタンひとつ押せばクーラーから涼しい風が吹いてくる。人の英知の結晶に冷やされてダラダラとベッドの上で転がっていると、ドアがぶち開けられた。


「おはよう琉衣! ファッキンホットな朝だね、HAHAHA!」


 やたらテンションの高い愛華が部屋にズカズカと入ってくる。朝から欧米のオヤジみたいなノリをする妹に兄はどう接していいか分からないよ。というか相手にするの怠い。


「なんだよ、兄を起こしに来てくれたのか?」

「そうだよ。絶対に昼までダラダラ寝るだろうなと思って」

「予想が外れて残念だったな。俺はすでに暑くて起きてたんだよ」

「確かにファッキンホットで陰キャの蒸し焼き一丁上がりって感じだけど、休日ぐらい私と遊んで遊んでよ〜!」


 駄々をこねる妹に溜め息で返す。

 遊んでと言われても、こいつが夏にする遊びと言えば外に出て釣りに行ったり野草を採って食ったりする野生味の溢れたことだ。


 こんな暑い日に外に出たくない。陰キャを舐めるなよ。


「どうせ外はクソ暑いから嫌だって言うんだよね。なので暑くない上にさっぱりするところに行こうよ」

「どこだよ?」

「それはね――」


 愛華の言った場所は、確かに暑くないしさっぱりするところだった。まあ、そこならいいかと納得する。たまには妹に構ってあげないと拗ねてしまうからな。今日は一緒にいてやろう。


 というわけで、準備をした俺たちが向かった場所は――


「ふう〜〜! やってきたぜ市民プール!」


 競泳水着に着替えた愛華がプールサイドではしゃいだ声を上げた。


 そう、俺たちがやってきたのは近所にある市民プール。流れるプールやら長い滑り台があるようなテーマパーク風ではなく、簡素な室内プールだ。


 簡素と言っても様々な距離のプールがいくつかあり、遊び目的ではなく身体作りや競泳の練習などで使われる本格的な室内プールである。


「懐かしいな……昔はよく親父に連れてこられてたっけ」


 小学生の頃に親父に連れられて愛華と一緒に泳いでいた記憶がある。親父は変に熱血で、子供には困難に負けない屈強な身体になってほしいと言って家から出たがらない俺を無理やり連れ出し、自分の趣味であるアウトドア活動に巻き込んでいた。


 そのおかげで、ある程度の体力と、どこで使うかも分からないアウトドア知識が増えたんだけど。今となっては半分引きこもりなので本当に使いどころがないわ。


「琉衣、泳ごう!」

「引っ張るなって」


 俺の手を引く愛華は笑顔で楽しそうだ。そんなに兄と遊ぶのが楽しいのかね。


 周りの人たちは中年ばかりで、若い俺たちが珍しいのか目を向ける。仲の良い兄妹を眺めるような微笑ましい表情やめてくれよ恥ずかしいよ。


 なぜ高校生にもなって妹とプールではしゃがないといけないのか。昔とは違い背が伸びて、脚もすらりと長くなった妹は競泳水着に包まれた身体を思いっきり動かして兄を引っ張っていく。


 やっぱり昔とは違うな。

 あの頃は、おどおどする愛華を引っ張っていくのは兄である俺の役目だった。だけど今は出不精の俺を愛華が引っ張っている。


 プールに入り、しばらく競争に付き合った。愛華は魚みたいな速さで泳いで俺は到底追いつけなかった。


 そろそろ疲れてきたところでプールから上がると、一人の女子がプールサイドにまで歩いてくる姿が見えた。


「あれ、もしかして矢野っち?」

「朱宮?」


 クラスメイトの朱宮とばったり出くわしてしまった。唯菜に負けず劣らずなモデル体型を競泳水着に包ませた朱宮は、嬉々として走ってくる。青色の水着にぴっちりと包まれた豊満な胸が揺れ、思わず視線が吸い寄せららてしまった。競泳水着姿でおっぱいが揺れるなんて相当凄いぜ?


「すご〜い偶然だね! まさか矢野っちまでここに来てるとは思わなかったぜ〜!」

「妹に無理やり連れて来られたんだ」

「お兄ちゃんを連れて来られるぐらい妹ちゃんも成長したんだねぇ!」


 プールから上がって駆け寄ってきた愛華を見た朱宮は、まるで愛華の小さな頃を知っているかのように感激の声を漏らしていた。


「俺たち、どこかで会ってたっけ?」

「ここだよ、ここ! 小学生の終わり頃、お父さんと泳ぎに来てたよね? あたしもよくここに来てたから、何度か一緒に遊んだんだよ?」


 朱宮が言うには、俺たちは中学に入学する直前にここで出会って一緒に遊んだという。


 こんな鳥の羽みたいに外ハネした金髪ロングの女の子を見た覚えは……いや、当時は髪を染めてないだろう……あっ――


「思い出した……確かに俺たちと一緒に遊んでた黒髪ロングの大人しい子がいたな。あの時の俺は遠慮もなしに乃々花ちゃんって呼んでて……」

「そうそう! 改めまして、あの時の乃々花ちゃんで〜す! よろよろ〜!」


 腰を曲げてウィンクとピースをする朱宮。

 なんてこった。昔の大人しくて清楚な印象だった乃々花ちゃんとは全然違うじゃないか。


 愛華と同じぐらい別人レベルで変貌を果たした朱宮は、快活な笑顔を浮かべている。身動きするたびにぷるんと揺れる主張の激しい巨乳とムチムチの太ももは、昔の小柄で細かった乃々花ちゃんとは似ても似つかなかった。

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