第46話【第一部・完】師匠と弟子

 祝勝会は夜まで続いた。

 俺の両親がいないのをいいことに、二十時になっても帰らない女子たちは今、愛華の部屋でガールズトークをしている。


 ベッドに寝転がった俺は、ぼんやりと天井を眺める。

 柄にもなく友だちと盛り上がったおかげで疲れてしまった。これではゲームも何もできそうにない。


 隣の部屋では女子たちの話し声がこちらの部屋にまで聞こえている。詳細な内容を聴き取れるほど漏れ出る声は大きくないが、お泊りという言葉だけは分かった。もしかしたら誰か泊まっていくのかもしれない。


 明日も学校なんだけどな。俺の周りにはフリーダムな女子が多いので、細かいことは気にしないんだろうが。


 ごろごろしているうちに、唯菜にどんなご褒美がいいか聞かないといけないのを思い出した。


「琉衣くん、入っていいかな?」

「ああ、いいよ」


 タイミングよく唯菜が部屋に来る。そそくさとベッドにまで近づいてきて、寝転がる俺の隣に座った。


「ねえねえ、ご褒美についてなんだけど」

「ちょうどいい、俺も聞こうかと思ってたんだ」

「うそぉ、それって以心伝心ってやつ?」

「違う。いいから、話せ」


 起き上がって唯菜の隣に座る。

 唯菜はご褒美について言い始めた。


「詩織さんに聞いたよ。琉衣くんがご褒美を決めかねていて、考えるのが面倒なので私が欲しいものをなんでもくれるって」

「いや、なんでもというわけじゃ……一般高校生が実現可能なラインで頼みます」


 仮にVTuberをやれと言われたとしても無理だ。せめて俺のために配信環境を整えるぐらいはしてくれないと。


「たぶん現実的だと思うから大丈夫」

「もう決めてるのか」

「うん。実は、結構前から……それこそ私と琉衣くんが仲良くなる前から、してほしいなって思うことがあって」


 そこで唯菜は言葉を止め、もじもじと両手の指を絡めて俯く。

 そんなに言い出しづらいことなのかと若干引き気味になっていると、ほんのりと頬を朱に染めた唯菜は俺にしてほしいことを言った。


「耳元で『唯菜、愛してる』って囁いてほしいの!」

「えっ、嫌だけど」

「やっぱり即答だった! いやいや、まずは理由を聞いてください!」


 懇願してきたので、仕方なく聞いてやる。

 

「実はですね、私はですね、結構前から琉衣くんの声が好きでして」

「そうだったのか」

「そうなの。だから、あの日にボイチャから流れてきた声を聴いて驚いたよ。だって気になっていた男の子の声が急に耳元で響いてきたんだもん」


 偶然にもFPSで俺とマッチングしてしまった唯菜は、それをきっかけに俺と仲良くなろうと思ったらしい。


 ゲームを教えてほしいというのは単なる口実だったのかと聞けば、唯菜は首を振る。ゲームが上手くなりたくて誰かに教えてもらいたかったのは紛れもない事実だったのだとか。


 本当に偶然VTuberとマルチプレイをしてしまった結果、俺はクラスの美少女に絡まれるようになったわけだ。運命を司る神がいたとしたら、俺をおちょくって楽しんでいそうだ。


「それで、俺に耳元で囁いてほしいわけか」

「そうなの……ダメ、かな?」


 こんな時に上目遣いするのはずるい。いつも思うけど、自分の顔が良いのを最大限に活かしておねだりするなよな。


 まあ、囁くぐらいなら別にいい気がしなくもない。

 愛してる、という言葉だって本気で言うつもりはない。声優のファンサみたいに、サラッと言ってしまえばいい。


「じゃあ、耳を近づけてくれ」

「うん……」


 唯菜はドキドキしているのか、耳まで赤くなっている。


 俺だって恥ずかしい。けど、ご褒美をあげると約束してしまった以上、これぐらいはやらないと唯菜は納得してくれないだろう。少なくともVTuberになれと言われるよりは現実的だと自分に言い聞かせる。


 横顔を近づけてきた唯菜の耳元で俺は囁いた。


「唯菜、愛してる」

「~~~っ、最高……っ」


 お気に召してくれたようで、唯菜は自分の身体を抱いてぶるぶると震えながら愉悦に浸る。こんなに喜んでもらえるとはな。


「俺の声って、そんなにいいのか。自分では普通だと思ってるけど」

「いいよ! 低くて格好よくて、女の子がドキッとしちゃうような渋いボイス! はあ~じっくり聴けて最高……これで高校卒業まで戦えるよ」


 何と戦うのか知らんが、喜んでくれたのならいいか。

 というわけで、ご褒美タイムは終了である。


 唯菜は無事にFPS大会で優勝できたし、俺はもうお役御免かな。


「FPS大会は終わっちゃったけど……これからも私の師匠でいてね、琉衣くん」


 ……まあ、分かっていたさ。

 一度繋がった縁を切るのは、よほどのことがないと無理だって。小学生の頃からぼっちだった俺が、高2にしてようやく思い知らされたよ。


 俺たちの日常は続いていくし、これから変わっていくこともあるだろう。願わくば、面倒事だけは避けたいところだ。


「愛華ちゃんが今日は泊まってもいいって。お言葉に甘えてお泊りしちゃおうかな~」

「いや、お前は帰ってくれ」

「なんで!? お前はって、詩織さんと白亜ちゃんはいいってこと!?」

「詩織は幼馴染だし、白亜はお行儀いいだろうし、唯菜だけはしゃぎそうで嫌だ」

「ひどーい! こうなれば意地でも泊まってやるんだから!」


 ぷんぷんと怒る唯菜がおかしくて、俺は声を出して笑った。

 すると何故か唯菜がきょとんとする。


「どうした?」

「琉衣くんが、初めて笑ってくれた……なんだか嬉しい」


 俺だって面白おかしい時は笑うよ。

 とはいえ俺の笑顔は相当レアらしく、唯菜は宝物を見つけたように満面の笑顔を浮かべるのであった。 

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