第18話 誰もが動き出す

「まだ愛華は帰ってこないのか」


 美凪がいるからには愛華が家に入れたんだろうけど。

 しかし本人の姿はどこにもない。


「愛華ちゃんはギターを背負って出ていったよ」

「どうしてまたギターなんて外に持ち出したんだ」

「なんだかウキウキしてたから、誰かに演奏を聴かせるためじゃないかな?」


 スマホで通話をかけようとした時、ちょうど玄関のドアが開けられる音がした。


「ふんふ、ふんふふーん」

 

 ギターケースを背負った愛華が鼻歌を弾ませながらリビングに現れた。


「嬉しそうだな。良いことでもあったのか」

「そうなんだよ兄者、聞いてくれよ」


 愛華は興奮した様子で言い放った。


「なんと私はバンドを組むことになりました。はい拍手!」

「わ~凄い!」


 パチパチと美凪の拍手が部屋に響く。

 バンドとは……また急な話だ。

 

「バンドメンバーは揃ってるのか?」

「私含めて三人いるから大丈夫っしょ」

「最低限な編成だな……どこで集めたんだよ」

「学校」

「学校って、まさかバンド組んだって軽音部のことか?」

「そう。部員が二人しかいなくて廃部寸前だったから、お邪魔させてもらった」


 嵐のごとく唐突に部室へと乱入してきた愛華に二人の部員は驚いていたようだ。愛華がいつものマイペース時空を展開した結果、部員たちは激しい川の流れに流されるように入部を許可してしまったらしい。


「二人とも良い子そうで良かった。二年の女子と三年の男子」

「先輩じゃねぇか……あまり馴れ馴れしくして怒らせるなよ?」

「気の弱そうな二人だから私に逆らえそうにないよ。このままだと私が部長になって部室を乗っ取っちゃうかもね」

「独裁者の誕生だ……」


 愛華は、とても楽しそうである。

 前々からバンドしたいって言ってたし、長年の念願が叶って感極まっているんだろう。


「なんだか良いな~これから青春が始まるって感じで!」

「なーにをおっしゃりますか唯菜さん。あなたもヴァーチャル空間で華々しい青春を送るのですよ」

「ヴァーチャルで青春、面白そうだね! VTuber人生のうちで悔いが残らないように、私も頑張らなくちゃ!」


 美凪と愛華は、これから歩み出す未来に想いを馳せている。

 俺は疎外感を覚えた。こういう話に入り込んで語り合えるほど、俺は俺の人生に期待を抱いていない。


 静かにリビングを去ろうと二人に背中を向ける。


「琉衣」


 妹が俺を呼び止めた。

 振り返ると、愛華は微笑むような悲しむような、不思議な表情をしていた。


「私は先に行くから。琉衣も、置いてかれんなよ?」

「……なんのこっちゃ」


 頭を掻く俺を見つめて、ふふっと笑う愛華。

 そして美凪との会話に戻っていく。

 今度こそリビングから出た俺は、白亜の配信が始まるまで部屋で待機することにした。


 二十時ちょうど。

 ブラウザでハクアちゃんねるの配信画面を開いていた俺は、ゲーミングチェアに座ってぼんやりとモニターを眺めている。


 やがて配信が始まった。


『……こんハクアー。久しぶりの配信だよー』

 

 VTuberハクアの姿が右下に現れ、白亜の声が聴こえる。

 現実の彼女と似ているガワがゆらゆらと左右に揺れる。物静かな声量や儚げな声音は俺が知っている白亜と変わりないが、微笑みの表情や楽しそうに揺れる動作からしてハクアはご機嫌らしい。


 ハクアちゃんLOVE:今日なんか機嫌良さそうやね

 蒸れたソックス:明るめのハクアちゃんもかわ∃

 マゾ豚奴隷:その笑顔のまま踏んでほしい

 マロン:ハクアちゃんの配信楽しみにしてたー!


 様々なコメントが流れ出し、ハクアは丁寧に対応していく。

 リスナーの相手をしているハクアは楽しそうで、VTuberとして配信することが本当に好きなんだと感じる。


 ひとしきりリスナーのコメントと会話したハクアは、最近あったことについて語り始める。もともと学生という身分を明かしているのか、女子高生らしいことを言ってもツッコむリスナーはいなかった。


『……ほとんどは、いつも通りの毎日だけど、少しだけ良いことがあって』


 ハクアは微笑みながら、次の言葉を紡ぐ。


『……うん、ちょっとだけ頑張ってみようかなって、目標ができた』


 ハクアがゆっくりと言葉を終えた数秒後、コメントが爆速で流れた。


 ハクアちゃんLOVE:よう言うた!それでこそ俺の嫁や!

 蒸れたソックス:なんかを決意したハクアちゃんもかわ∃

 マゾ豚奴隷:俺も勇気を出して、あの店の女王様に告白しようかな……

 マロン:ハクアちゃん頑張ってー!陰ながら応援してます!


 おそよ三千人の同接者が、たくさんのコメントを残してハクアを応援している。


 目標、か。

 俺には未だにそんなのないけど、一つだけ実感するのは、愛華も美凪も白亜もどこかに歩き出そうとしていることで。

 

「はあ……」


 俺は息を漏らし、キーボードを打つ。



 ルイ:無理しない程度に、がんばれ


 

 俺のコメントは一瞬だけコメント欄に表示された後、ハクアを愛する大勢のファンの想いに流されて消えた。

 

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