第7話 もはや普通に遊んでるだけ

 ゲーム機が起動されてホーム画面になると、ゲームのアイコンがずらりと並んでいる。


「ソフトの数が凄い! 実績もめちゃくちゃ解除してるし!」


 美凪は驚き、ガチゲーマーじゃん、と今更なことを呟いた。今まで俺を何だと思っていたのだろう。


「なーにをプレイしよっかなー。あ、これがいいかも」


 美凪が選んだのは、意外にも死にゲーだった。

 死にゲーは読んで字の如く、ゲームが苦手な人がやれば死にまくって先に進めないほど難易度が高い。


 正直、美凪はこういうゲームが嫌いだと思っていた。

 死にまくったら発狂しそうだしな。


「アビス・ソウルⅢかぁ。Ⅰだけ配信でやったことあるけど、死にまくって発狂したんだよね。結局クリアできなかったし」


 思った通りだったわ。


「後日、発狂シーンの切り抜き動画がアップされて恥ずかしかったよ」

「じゃあ、なぜ死にゲーを選んだ」

「リベンジするために。私がクリアできないゲームなど存在しないということを証明してみせる!」


 根拠のない自信が満ち溢れている美凪さん。

 ⅠがクリアできなかったのならⅢも無理だろう。


 タイトル画面からNEW GAMEが選ばれ、壮大なダークファンタジーを思わせるムービーの後にチュートリアルが開始される。


 さすがにチュートリアルは余裕だろう。操作方法はⅠと変わらないし。


「サクサク進んでいくよ。えっと、操作のやり方は……うん、覚えてる」


 初期武器のボロい剣を持った主人公が勢いよく走る。

 どんなゲームでも細かいことを気にせず前に出るタイプなのか、美凪の操作する主人公は敵を見かけた瞬間に突っ込んでいく。


「えい、えい!」


 ブンブン振り回された剣が骸骨の姿をした雑魚に命中。

 チュートリアルの敵はHPが低い。剣が数回当たると骸骨は砕けて地面に散らばった。


「しゃーおらっ! 天才ゲーマー唯菜さまを舐めるな! このまま進んで――嘘ぉ!?」


 復活した骸骨の大技を食らい吹っ飛ばされる主人公。

 体力の半分を失い唖然とする美凪。水槽の魚みたいに口を開けたアホ顔が面白い。


「え、ヤバくない? 復活するとか聞いてないんだけど……あーヤバいヤバい死ぬ、やめてー!」


 骸骨の連撃をしのぎ切れず、主人公はあっさりと昇天。

 チュートリアル開始時まで戻され、美凪はコントローラーを手放した。


「うん、やめよう。もう少し簡単なゲームにしよう」

「もう諦めるのか? 天才ゲーマー唯菜さまが、たかがチュートリアルで?」

「ぐぬぬ……じゃあ矢野くんがやってみてよ。このゲーム、思ったより難しいから」


 知ってる。エンディングまでやってるし。

 挑発のつもりなのか目を細めて睨んでくる美凪からコントローラーを受け取る。


 もう何回やったか分からないチュートリアルなら目をつぶってでもできる自信があった。荒涼とした道をサクサク進んで敵を斬り倒していく。


「う、上手い……」

「まあ、死にゲーなら飽きるほどやってるし」

「へえ、そうなんだ。そう言えば、このシリーズってRTA動画が多いんだけど、矢野くんもRTAしてるの?」

「してない。興味ないからな」


 クリアまでの速さを競うことに興味はない。

 ゲームは味わうものだと思っている。せっかく何時間も世界に浸ることのできるゲームをガムよりも早く噛み捨ててはもったいないじゃないか。


「矢野くんって、他のゲーマーと違うね。大会も興味なさそうだし」

「美凪の言うゲーマーがどんな奴らか知らんけど、俺みたいなのは結構いるぞ」


 ただ表に出ないだけで。

 わざわざゲームで一躍有名になってやろうなんて思わず黙々と楽しむ俺みたいなゲーマーは少なくない。


「ゲームって皆で楽しむものだと思ってた。実況配信もそうだし、RTA動画だって誰かのコメント込みで楽しめるから」

「ああ、そう」

「うわ~すっごい興味なさそ~」


 何かを言いたげにジト目を向けてくる美凪を放っておいてプレイを進めたら、数分でチュートリアルが終わった。


 セーブをしてゲームを終了させる。

 窓の外を見ると、薄暗くなっていた。


「そろそろ帰らなくていいのか」

「そうだね、帰らないと」


 立ち上がった美凪は腰を曲げ、前屈みで俺に微笑んだ。


「今日はありがとう。わざわざ私のために時間を取ってもらって」

「まあ、師匠になるって頷いたからには付き合ってやらないとな……」

「あれ、ちょっと照れてる? あはは、矢野くんって可愛いところあるんだねー」

「うるせぇ、さっさと帰れ」

「はーい」


 まったく、すぐ調子に乗る女だ。

 軽い足取りで部屋を出ていく美凪の背中を追う。

 廊下に出ると、リビングのほうから楽器の音が響いてきた。


「これ、ギターの音? 愛華ちゃんが弾いてるのかな?」

「ああ。妹はバンドマンなんだ」

「えっ、そうなんだ!? バンドマンって憧れなんだけど!」

「自称だけどな。実際にバンド組んだことないし」

「どういうこと!?」


 知らん。妹に聞いてくれ。

 美凪と共にリビングに入ると、タバコを模したお菓子を咥えながらギターを抱えた愛華がソファーにあぐらをかいている。


「ふっ……今夜もオレのエレクトリック・ギターが泣いてるぜ……」

「何キャラなんだよ」

「さあね。そんなことよりも兄と嬢ちゃん、オレの演奏を聴いていかないかい?」

「どんな曲が弾けるの?」

「わりと何でもさ。嬢ちゃんに捧ぐラブソングだって掻き鳴らせる」


 愛華はお菓子を噛み砕いて飲み込むと、慣れた指使いでギターを軽く弾き鳴らしてみる。

 美凪は形の良い顎に指を添えて小首を傾げる仕草をすると、弾いてほしい曲を言った。


「今期の覇権アニメのOPなんだけど、やたらテンポが早くて歌詞が独特なやつ……曲名忘れちゃった」

「ああ、あれかぁ。任せて」


 愛華は覇権アニメのOPを弾き始めた。アンプに繋がれたギターから響く旋律。美凪の言った通りテンポが早い。素人の俺でも難しい曲だと分かるが、愛華はリズムに乗って身体を揺らしながら華麗に弾き鳴らしてみせる。


 最後まで弾き終えた愛華は、演奏の余韻に浸るように息を吐いた。


「凄い! めっちゃ上手い!」


 美凪は目を輝かせて拍手をする。表情がバンドマンに惚れたファンみたいに感極まっていた。


「いやこれムズすぎでしょ。指攣るかと思った」

「でも最後まで弾けたよね! 練習してたの?」

「ううん、ぶっつけ本番。弾く妄想だけはしてたけど」

「天才すぎる! 将来は大人気バンドマンだね!」

「ああもう唯菜さんマジ天使ほんと好き」


 ギターの腕を絶賛してくれた美凪に惚れてしまったようだ。

 愛華は頬に手を当て、モジモジと身体をくねらせる。めちゃくちゃ嬉しそう。


「いやあ、今日は充実した日だったよ。矢野くんにレッスンしてもらえたし、愛華ちゃんの神演奏も聴けたし!」

「明日も私の演奏を聴きに来てね」

「うん、絶対聴きに行く!」


 もはや愛華の演奏目当てで我が家にやって来そうな美凪だった。


「矢野くん、愛華ちゃん、また明日ね」

「送らないでいいか?」

「大丈夫、私の家はここから遠くないし」


 バイバイと手を振って玄関を出ていく美凪を見送った。

 なんとか初日を乗り越え、息をつく。

 明日のレッスンも、どうなることやら。


「琉衣、陽キャの相手がんばったね。よしよし」

「母親ヅラで頭を撫でるのやめろ」


 なぜか楽しそうな妹の手を振り払い、部屋に戻る俺だった。

 

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