第26話 周りの女子たちはクラスの人気者

 午前中の授業が終わり、昼休みになった瞬間に俺は弁当箱を持って席を立つ。

 教室のドアを開く前に美凪のほうをチラ見したら、朱宮と話している姿が確認できた。今は無闇に接触を図る必要はない。そのまま俺は教室を出た。


 いつもの薄暗い階段際で弁当を広げる。

 愛華の弁当は今日も美味い。ゆっくりと時間をかけて妹の弁当を味わい、最後のからあげを箸で摘まみ上げて口に放り込む。


 咀嚼しながら俯いていた顔を上げると――。


「……矢野くーん、こんにちはー」

「げほっ、ごほっ、美凪!?」


 いつの間にか美凪が目の前に立っていた。思わずむせた俺を見つめる目は半開きだ。


「大丈夫、矢野くん? お水飲ませてあげよっか?」

「いや、いい……」


 美凪は中庭の自販機で買ったであろうペットボトルのミネラルウォーターを持っていた。ナチュラルに俺の隣に尻を置いてミネラルウォーターを飲みだす。


「なんで来たんだよ」

「来たら悪いの?」

「悪くないけど……何か用でもあるのか?」

「久遠さんのことなんだけど……」


 やっぱり詩織が気になるのか。

 ペットボトルから口を離し、潤った唇で美凪は言う。


「矢野くんと久遠さんは幼馴染なんだよね?」

「そうだ。小学生の頃からのな」

「お隣さんらしいけど、今まで矢野くんも気にしてなかったよね? どうして急に久遠さんと接するようになったの?」

「端的に言えば、仲直りしたんだ」

「喧嘩してたんだね」

「ああ、小6の頃にな。中1までは気まずいながらも会話はあったけど、それ以降は全く関わらなくなったんだ」


 中1から俺はできるだけ詩織を意識しないように努めていた。

 登校時や学校で姿を見かけても話しかけはせず、見なかったフリに徹した。


 同じ高校に入学したことを知った時も、なるべく距離を取ろうと思った。詩織も俺に声をかけられたくないだろう――そう思い込んで遠慮していたのだ。実際は勘違いだったんだけど。


「そうだったんだね。それで、今の矢野くんと久遠さんは和解して、また仲良しの関係に戻った……」

「正解だ」

「ふぅん、そっかぁ……幼馴染って、いいなぁ……」


 美凪は自分の膝に顎を乗せながら憂鬱そうに言葉を吐き出した。アンニュイな美凪を慰めたほうがいいのだろうが、体育座りで大胆に広がったスカートから剥き出された太ももが目について仕方がない。男の性を許してくれ美凪。


 しばらくの間、美凪はミネラルウォーターをちびちびと飲んで黙っていた。やがてペットボトルが空になったのを見た美凪は、すくっと立ち上がる。


「一人の時間を邪魔しちゃってごめんね」

「いや、いいよ。今さらだろ?」

「そう……だったらいいけど。今日の放課後は久遠さんも一緒なんだよね? 私も混ざったらダメかな?」

「喧嘩しないなら、問題ない」

「喧嘩なんてしないよぉ。久遠さんとは仲良くなりたいんだ。矢野くんのことをいっぱい知ってるだろうし」


 確かに家族を除けば、俺のことについて一番詳しいのは詩織だ。昔の俺がやらかした恥ずかしい出来事を詩織が暴露しないか心配である。


 美凪は去り際に笑顔で手を振っていった。

 空になった弁当箱を片付けた俺も廊下際を後にした。


 放課後になると俺は、朱宮と話している美凪に目配せする。


「どうしたの唯菜? 矢野っちとなんかある?」

「ううん、なんでもないよ。それよりも乃々花、最近は一緒に遊べなくてごめんね」

「それなんだよ~どうして私と遊んでくれないんだよ~? 幼馴染に無視されて乃々花ちゃん寂しいよう……ぴえんぴえん……」


 どうやら美凪と朱宮は幼馴染だったらしい。

 そんなに親密な関係なら、朱宮は美凪が承認欲求モンスターでVTuberをやっていることを知っていてもおかしくはない。


「本当にごめんね~乃々花~! お詫びに今度の休日はカラオケにでも行こっか?」

「いくいく! 絶対だかんね? 約束やぶったら許さぬぞ!」


 きゃっきゃと二人の陽キャ女子が会話するのを、教室に残ったクラスメイトたちが和やかなものを見るような目で見守っていた。


 美凪と朱宮はクラスの中でトップクラスの愛されキャラで、よく二人で仲良く会話する姿が人気だ。俺の近くにいるオタクの集まりが美凪と朱宮に合掌を向けるようにして拝んでいた。


 俺は美凪に声をかけることなく教室を出る。

 美凪とは、そのうち校門で合流するだろう。


 隣の教室から出てきた詩織に小さな声で呼びかける。


「詩織、こっちだ……」

「あっ、琉衣!」


 俺を見つけた瞬間、ぱっと笑顔を咲かせて駆け寄ってくる詩織。


「さっそく一緒に帰りましょうか、琉衣」

「ああ、そうだな……」

「どうしてそんなに小声なのよ?」

「注目されたくないんだよ……」


 周りを見れば、俺たちに注目している何人かの生徒が。

 あまりにも詩織が嬉しそうに俺の名を呼んで駆け寄ったため、あいつらカップルなのかという疑惑に満ちた視線が向けられていた。


「久遠さんに名前を呼ばれて駆け寄られるなんて……あいつは一体、久遠さんのなんなんだ!?」

「くそう、羨ましすぎるぜぇ~!」

「野郎、顔は覚えたからな!」


 モテなさそうな外見の男子たちが悔しそうに歯噛みして俺を睨んでいる。

 詩織ってクラスでは人気者なのかな。


「なんだか騒々しいね、早く行きましょ?」

「お、おう」


 俺の腕にしがみつかんばかりに接近してくる詩織に俺はビクつきながら頷いた。

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