第38話 お疲れさま

 白亜の初登校は、概ね成功だと言えた。

 俺個人としてはハプニングがあったものの、クラスメイトが白亜に抱いた印象は悪くないと思う。というか、美凪レベルの愛されっぷりで白亜のポテンシャルが怖かった。


 放課後になり、俺は白亜と一緒に席を離れる。

 教室を出る前に美凪が駆け寄ってきて、自分も一緒に帰ると言った。


「俺たちは構わないが、後ろで朱宮さんが恨めしい目で見てるぞ」

「ええっ!?」


 振り向いた美凪の先には、珍しく陰のオーラをまとっている乃々花ちゃんが。


「唯菜ぁ……どうして私に構ってくれないのぉ……私の部活が終わるまで待っててよぉ……」

「乃々花ごめんね、許して~! 明日は絶対に一緒に帰ろう!」

「うん許す! 明日は帰りにカフェ寄ってこ! オススメのパフェがあるんだ~」


 秒で満面の笑顔を浮かべた乃々花ちゃん。幼馴染の美凪に構ってもらえるのが嬉しいんだろう。


「朱宮さんの部活が終わるまで待って、一緒に帰ればいいのに……」

「白亜ちゃんが心配だし、今日は最後まで付き合わせてもらうよ」


 美凪は白亜に寄り添い、教室を出ていく。俺は二人の後に続いた。

 

 愛華は部活があるので、俺たちは三人で下校する。

 帰り道にて、美凪が嬉々として白亜に話しかける。


「初登校は成功だと言っていいんじゃないかな~皆も白亜ちゃんのこと好きになってくれたと思うよ!」

「そう、だね……」

「この調子で明日も登校できたらいいね! あ、もちろん無理はしなくていいからね?」

「ん……」


 白亜は、ぼんやりと返事する。

 瞼が眠たそうに半分閉じられていて、細身の身体がふらふらと揺れていた。

 

「白亜ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと、疲れたかも……」


 そう言った白亜は、美凪の胸元にゆっくりと収まった。

 随分と疲れていたようで、表情に憔悴の色が浮かんでいる。


「久しぶりの登校だったもんね。お疲れさま、白亜ちゃん」

「ごめん、唯菜……」

「ううん、このまま私にもたれ掛かってていいよ」


 白亜を抱きしめ、優しく白髪を撫でる美凪は、子を慈しむお母さんのようだ。


「抱きしめながらじゃ歩きづらいし、背負ってやったらどうだ?」

「うん、そうだね。じゃあ矢野くん、お願いします!」

「俺かよ!」

「だって矢野くんのほうが体格良いし、白亜ちゃんも男子の広い背中で休みたいんじゃないかなって」


 まあ、全然構わないけどよ……。

 よろよろと白亜が近寄ってきたので、俺は背中を向けてしゃがんだ。そして女子一人分の重みが背中に伝わり――って、軽っ!


「おいおい、ちゃんと食べてるのか? 愛華が小さかった頃と同じぐらいの軽さだぞ」

「もう、体重のこと指摘するなんてデリカシーなさすぎだよ矢野くん!」

「すまん……あまりにも軽すぎて、つい……」


 白亜の細い脚の裏を腕で支え、しっかりと背負い上げる。

 白亜の吐く息で、耳元がじんわりと熱を帯びる。

 俺の胸部に回された腕は、まるでお気に入りのぬいぐるみを離さないように微かな力が加えられていた。


「そのまま腕を回していてくれよ。落っこちたら大変だからな」

「うん……ありがとう、琉衣……」


 白亜が喋るたびに耳元に息が吹きかけられ、ぞくぞくとした快感で悶絶しそうになりながら下校した。


 聖家の玄関を通り、二階の部屋にまで連れて行く。

 部屋に入ると、一気に視界が暗くなった。相変わらず照明がついていない自室の中で白亜は俺の背中から下りると、よろつきながらベッドにまで行く。


 途中でソックスを脱ぎ捨てて裸足になると、白亜はベッドに倒れ込んだ。


「やっぱり、とても疲れてたんだね」

「大勢に話しかけられてたからな……久しぶりの登校であれだけ人と関わったら、そりゃ疲れるよな」


 俺たちが見守る中、白亜はすうすうと寝息を立て始める。

 寝顔は穏やかで、今日一日の成果が見て取れるようだった。


「ねえ、矢野くん」

「なんだ」

「私ね、思ったんだ。白亜ちゃんは足りないものがありながらも頑張ってる。今よりも良い明日にしようって懸命に努力してるんだって」

「そうだな……そもそも登校しないって選択肢もあったのに、努力家だよな」

「うん。だから私も、頑張ってみようと思う」

「なにを?」

「それはね――秘密」


 美凪は人差し指を口元に添え、片目を閉じる。

 なんだよ、それ。

 よく分からないけど、美凪が何かを決意したってことだけは分かった。彼女もまた白亜によって変えられたのだろうか。


「白亜ちゃんはお母さんに任せて、私たちはおいとましよっか」

「だな。寝顔を見られ続けるのは白亜も恥ずかしいだろうし」


 起こさないよう静かな声で白亜に別れの挨拶を告げて、俺と美凪は聖家を後にした。


 美凪と別れてから家に到着すると、詩織が玄関の前で待っていた。


「うう~、琉衣~! 白亜さんはどうだったの~!?」

「泣くなよ、詩織……」

「だって~! 私も白亜さんの初登校を見届けたかったのに、低気圧なんかに邪魔されて行けなかったのよ!?」


 ぐすぐすと鼻を鳴らして悔しそうな詩織。

 低気圧による頭痛でダウンしていた幼馴染は、白亜を支えてあげられなかったことを悔やんでいるようで。


「詩織の気持ちは分からんでもないが、体調が悪かったんだから、しょうがないだろ」

「うう、でもぉ……」

「明日、支えてやればいい。白亜が登校するかどうか分からんけど」

「きっと登校するわ……白亜さんは頑張り屋だから!」


 確信に満ちた口ぶりである。白亜に全幅の信頼を寄せているみたいだ。


 とまあ、詩織は白亜が登校すると思っていたようだが。

 次の日の朝、俺のスマホに届いたのは『今日はしんどいので、学校休みます』という白亜からのメッセージなのであった。

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