第2話 立花さんじゃん……

 悲鳴を聞いた僕は、急いで給湯室を出てエレベーターに向かった。悲鳴は随分遠く聞こえたのでこのフロアーじゃない。エレベーターは下に向かって移動している矢印が光っていた。

 階段を駆け下りる。二階を見渡すけど誰もいない。さらに階段を駆け下りる。


 何だ?

 緑色で、額に小さいツノが生えている醜いヤツが女性を組み伏せている。傍らに剣が落ちているのは女性を殺すつもりじゃなくて犯そうとしてるのか?

 見たところ、その緑の小鬼はかなり小柄に見える。今は剣も持ってないし、女性を組み伏せるのに必死だ。やれるか?


「うわあああああ!」


 込み上げて来る恐怖心を抑え込むように雄叫びを上げながら突っ込んで行くと、僕に気付いた小鬼が顔を上げる。その顔面をカチ上げるようにモンキースパナをアッパースイング。

 顔面を潰された小鬼は吹っ飛ばされ、緑の鼻血を出してうずくまる。僕はさらに、この小鬼が持っていたと思われる剣を拾い、蹲る小鬼の首筋を一突きした。緑色の血で僕のワイシャツが染まる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 殺した……のか?

 無我夢中から少し落ち着くと、とんでもない事を仕出かしたという思いで手が震える。やっちまった後で、『もしかしたらゴブリンのコスプレをした変態のおっさんだったらどうしよう』なんて事が脳裏に浮かんで来てガクブルだ。


 ――ぴんぽーん♩


 は? 

 今頭の中でピンポン鳴った?


【おめでとうございます。あなたはモンスターを倒して覚醒し、生体レベル1になりました。初回特典としてSPスキルポイントを10ポイント付与したので有効にご活用下さい。なお、世界最速でモンスターを倒したあなたには特殊称号を付与します。詳しくはメニュー画面を参照してください】


 ほっ、良かった。コスプレの変態のおっさんじゃなかったみたいだ。

 視界の隅に、メニューというボタンがある。意識するとハッキリ見えてくる感じだ。そこに視点を合わせると様々な項目もウインドウが現れた。うん、ゲームみたいだよな。

 ステータスやらスキルやら、様々なウインドウの中からステータスを選択する。



 小早川冬至

 称号:ファステストキラー

 生体レベル:1

 HP体力:10

 MP魔力:10

 SPスキルポイント:10

 経験値:0

 所持スキル:なし


 はあ? まんまゲームだな。で、この称号って?

 称号の部分を注視する。


【ファステストキラー:世界最初のモンスター討伐者に付与される希少な称号。スキル取得時のSPと、スキルのレベルアップに必要なSPが1/10になる】


 フレーバーテキストみたいな説明文が分かりやすい。でも希少っていう割にはチートで無双出来そうな程凄くなさそうな気もするけど。

 まあいいや、次はスキル一覧。かなり沢山のスキルがあり、画面を下に下にとスクロールしていく。そしてその過程で僕は気付いてしまった。この称号がいかにヤバい効果を持っているかを。


 まずスキルだが、どんなしょっぱいスキルでも、取得消費SPは10。つまり初回特典で付与された10ポイントで、一つしかスキルを取れないって事だ。でも僕は称号の効果で最大10個ものスキルを取る事が出来る。これはマジ凄い。

 それに初回特典というくらいだから、この先まともにモンスターを倒したとしても、同じようにSPを取得出来るとは限らない。というか、ゲームなら序盤も序盤、敵が雑魚しかいないなら、SPを集めるのもかなり大変なはずだ。ましてや、一つスキルを取ったなら、それをレベルアップさせていく必要がある。何しろスキル一覧には、『○○スキルレベル1』とかいう表示になってたからね。当然、スキルにもレベルが存在している事になる。


 で、僕は初めから複数のスキルを保持してスタート出来る訳だけど、初めから多くのスキルを取ったとしても、器用貧乏になる未来しか見えない。少ないスキルを取得してレベルアップさせてしまう。本来ならそれが正解なんだと思う。何かに特化した能力って、強いよね。

 だけど僕は、スキル一覧を最後までスクロールさせた時、そんな思いは吹き飛んでしまった。


【万夫不当レベル1:取得SP100。このスキルは最大10個のスキルをSP消費なしで取得する事が出来る。ただし、その最大10個のスキルは万夫不当に統合され、個別のスキルレベルアップは不可能となる】


 つまり、このSP消費100とかいうバカげたスキルをレベルアップさせなけりゃ、他のスキルも弱いままって事だ。まさに諸刃の剣だね。

 だけどこのフレーバーテキストには続きがあった。


【このスキルは先着1名しか取得出来ない】


 つまり唯一無二のユニークスキルって訳だ。考えてみれば、序盤に100ポイントもSPを貯めるのって実質無理ゲーではないだろうか? いや、このまま地道にレベルアップしていけばいつかは可能だろうけど、この初回特典の10ポイントでスキルを取得しなければ生死に関わる状況では、初めに取ったスキルを育てなきゃいけない事態に追い込まれる訳で。

 こんなスキルを取れるのは、称号持ちの僕しかいないはずだ。消費が1/10なら全部使い切れば取得出来る。それに、ちゃんとスキルレベルを上げるための抜け道も見つけたしね。

 こうして僕は、ユニークスキル『万夫不当』を取得した。あとは統合される10個のスキルを選ばなくちゃ。


小早川冬至

称号:ファステストキラー 

生体レベル:1

HP:10

MP:10

SP: 0

経験値:0

所持スキル:万夫不当レベル1(武器召喚、治癒魔法、時空間収納、剣術、身体強化、解析、解析阻害、セーブエナジー、取得経験値上昇、取得SP上昇)


 これが僕が取得したスキルだ。万夫不当に統合出来るスキルは、どれだけ取得SPが大きいものでも制限がないらしく、かなり強力なスキルも入手できた。ただし、中にはMP消費も激しいものがある。例えば武器召喚。これはレベル1でもMPを5も消費しないと発動出来ない。

 つまり生体レベル1の段階では二度しか使えない。だからかなり怖いけど、MPを消費しない戦闘用のスキルを取っておかなきゃいけないよね。例えばそれが剣術だ。それに身体強化を重ねれば、序盤は結構いけるという実感がある。

 ……あのゴブリンレベルの敵ならね。


 あとはあると便利そうなスキル、しかもMPを消費しないタイプで常時発動型のやつをメインに取得した。特に、経験値やSPの取得を増やしてくれるスキルは、この万夫不当スキルには必須と言っていい。しかも通常なら50ポイントものSPを消費しなくちゃ取得出来ない高位スキルだ。ああ、武器召喚もそうだね。

 これでひとまず僕のビルドは終了だ。


 そこでふと思い出す。小鬼に組み伏せられていた女性の事を。


 あまりにもゲーム的なイベント発生で失念していた。慌てて襲われていた女性に駆け寄る。

 ブラウスは破かれ、スカートも捲り上げられているので色々と見えてしまっているが、それよりも殴られたのか、頬は腫れあがり口から血を流している。

 推定40デニールのストッキング越しに見える縞々パンツから無理矢理目を背け、着ていたスーツの上着を女性に掛ける。


「……って、立花さんじゃん……」


 襲われていた女性、そして俺が助けた人。それはこの一か月間僕の悩みの種だった立花さんだった。


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