第42話 コミュ障の盲点
やはりレベルアップに必要なポイントのインフレが激しくなっている。
僕は生体レベルが10から11になったものの、スキルの方は防具召喚スキルを取得しただけ。万夫不当のレベルを上げたいので、残りは温存。
リオンさんも生体スキルが9から10になったけど、スキルレベルは新たに取得したものは無い。槍術を3から4に上げたのと、セーブエナジーを一気に5まで上げた事くらいかな。
ただし、このセーブエナジーはレベル5から如実に効果を実感出来るようになる。レベル5になると消費MPがなんと半分。火魔法をメインに戦うリオンさんにとって、このスキルは有難いものになるはずだ。
「ところでリオンさん、ジェリーさんにはそれほどコミュ障を発症しないで馴染みましたよね?」
「あーね。うん、彼女、エルフじゃん?」
「はぁ」
「エルフってファンタジーの中の生き物じゃん?」
「まあ、そうですけど、今は現実にいるじゃないですか?」
僕は時空間収納の中でドロップアイテムを合成しながら眠気覚ましに話しかけているんだけど、リオンさんのコミュ障のメカニズムの盲点が面白い。
「彼女物凄い美人で現実離れしてる分、高解像度グラフィックのキャラクターみたいで」
「ああ、それはまあ」
「そう思うと、ゲームに出て来るNPCみたいだなって」
「ああ、なるほど」
要はリオンさんの中では、ジェリーさんはゲーム中に出て来るイベントキャラ、くらいの認識なんだろう。だから必要以上に緊張もしないし、加えて言えば、彼女のコミュ障は人間相手に発症するもので、エルフのような種族は別枠扱いなのかも知れないね。
ちなみにジェリーさんは一切戦闘に参加していないので、覚醒した時に倒したオーク3体分しか獲得していない。まあ、あれだけ倒した僕達が1レベルアップがやっとなんだから、生体レベル20の彼女にとって、この程度の敵をいくら倒したところでスズメの涙なんだろうけど。
確かにダンジョン内でしか見かけないモンスターもいたし、上位種の割合も高かったけど、このエリアはゲームで言えば初心者向けなのかも知れない。
もしそうであれば、僕達はムキになってレベルを上げずとも、このエリアで生きていく事が出来るんじゃないだろうか?
いや、でも今の僕達の手に負えない敵がダンジョンから溢れ出してきたら?
そんなとりとめのない事を考えているうちに瞼が重くなってきた。隣ではすでにリオンさんが静かに寝息を立てている。それを見た僕も眠りに落ちた。
目が覚めてテントから出ると、まだ薄暗かった。早朝の爽やかさなど微塵も感じない、重い空気を纏ったダンジョン内の朝。
「おはよう。よく眠れた?」
少し離れた大きな木の陰から、美しい女性が現れた。言わずと知れたエルフのアンジェリーナさん。通称ジェリーさんだ。
「おはようございます。ジェリーさんこそ、休まなくてもいいんですか?」
「休んでいるから大丈夫。敵が近付くと魔法が警鐘を鳴らしてくれるから」
へえ、ジェリーさんの気配察知にはそういう機能も付いているのか。僕達が取得出来る索敵よりも高性能かも。
「ところでトウジ」
「なんです?」
「今日の食事はもう少し優しい味付けのものにしてくれないかな」
「辛いものは苦手でした?」
「その……おしりが痛いの」
「ああ……」
恥ずかしそうにそう語るジェリーさんを見て、僕は心の中でガッツポーズだ。どうやらジェリーさんへのささやかな報復は成功したようだ。あとでリオンさんにも報告しておこう。発言が生々しいからやっぱりNPCじゃないんだろうけど。
「おふぁよ~」
そしてリオンさんが寝ぼけまなこでテントから出てきた。そして水魔法で準備した水で顔を洗っている。洗浄魔法で済ませてもいいのだろうけど、頭をシャキッと覚醒させるには、やっぱり朝起きたら顔を洗うのがいいよね。僕もあとで水を借りよう。
朝食はシリアルとミルク。深めのお皿にザラザラとフレークをたっぷり入れて、ミルクを注ぐ。初めは疑わしそうな目で見ていたジェリーさんも、ミルクをかけた時点で安心したみたいだ。
「ほわ……ほんのり甘くてサクサクとした歯応え。それにミルクが染みたところは柔らかく。それらが口の中で混じり合うとまた複雑な。これは! ミルクにも甘みがしみ出して……トウジ。おかわり」
「あ、はい」
ははは。結局この食いしん坊エルフは何でも美味しく頂けちゃうんだろうね。
「ところでジェリーさん」
「ん?」
「あのアリの女王――アントクイーンを見つけて討伐するまでダンジョンに籠るって事ですよね?」
「ん。トウジ達がこの地域の人間達を守りたいならば」
この地域の人間を守りたい……か。どうだろう。僕は地元の人間じゃないしここに来てまだ一か月。大した愛着もない。
「あたしはどっちでもいいよ。トウジ君とずっと一緒」
うん、知ってる。リオンさんはそれほど他人に興味がない。というか心を開けない。ただ、妹さんの復讐の為に、戦う事は止めないだろうね。普段そんな事は表に出さないけど。
それに僕も彼女には絆されているみたいだし、復讐には協力してあげたい。
そうなれば、選択肢はひとつしかないよね。
「戦います。ただ、この地域の人間を守りたいかと言われたら少し違いますけど」
「ふうん?」
「ね、ジェリー。あたし達だけでそのクイーンと戦って勝てる?」
「むり」
まさかの一刀両断ですか!?
どうやらこのエルフ、僕達をとんでもない強敵と戦わせるつもりのようだ。これはまた激辛ごはんを御馳走する必要があるな。
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