第20話 マーダー

 僕が向かったのはセルフのガソリンスタンドだ。セルフなら店員さんの有無にかかわらず、お金を投入して給油するスタイルだから良心が痛まないのが主な理由。

 しかし途中で人間の反応があった。何か情報が得られたらいいな、くらいの気持ちで向かったそこは、目指すガソリンスタンドの途中にあるスーパーマーケット。


 車も殆ど走っていないし、歩行者なんてもっといない。ウインカーを点ける意味もないのだろうけど、惰性でウインカーを点け、スーパーマーケットへと入って行った。中には車が二台停まっており、一台は従業員が止める場所、もう一台は……なんと言うか、どういう目的でここに止めたのか分からない感じの適当な停め方だ。駐車場の枠なんかまるで無視の乱暴な感じだね。


 そして店内には二人の男がいた。一人は壮年の男性で、腰を抜かして動けないようだ。そしてもう一人は小剣を持った若い男。チャラチャラしたガラの悪そうな感じで、どう見ても壮年の男性を脅しているように見える。

 僕達は隠形を発動して店内に入り、物陰からそっと様子を見る。


「や、やめてくれ……」

「ああ? 見られちまったモンはしゃーねえよなあ。それに、世の中こんな風になっちまったら、ケーサツも来れねえだろ?」

「あ、ああぁぁ……」


 なるほど。店の関係者と強盗がかち合ったって感じだな。ここは助けた方がいいのかなあ。無人となった店の商品を回収した事なら僕にもある。だからあの若い男を断罪するなんて立派なご身分じゃないんだけど。

 とりあえず、若い男を解析してみようか。なになに?


渡辺健一

称号:マーダー

生体レベル:1

HP:10

MP:10

SP: 6

EXP:12

所持スキル:暴君、剣術レベル1

装備:ゴブリンの小剣F


 何だか面白い称号とスキルがあった。

 僕はさらに称号とスキルを詳しく見てみる。


【マーダー:覚醒後、同族を殺す事で入手出来る。この称号を得た者には、強制的にスキル『暴君』が付与される。この称号の効果取得経験値が2倍になるが、暴君以外のスキルを一つしか取得出来ない】

【暴君:自分より生体レベルが低い者の精神を恐怖によって縛る事が出来る】


 うーん、何だこりゃ。メリットよりデメリットの方が大きいなあ。この男は、ずっと剣術以外のスキルを取得出来ないって事だもんね。いや、一芸に秀でると言う意味では有用か?

 でも人を殺すようなヤツと一緒にいたいかと言われたら絶対お断りだよね。

 そして何より、このマーダーという称号の取得条件だ。『同族を殺す事で入手出来る』とある。つまりこいつは人間を殺したっていう事だ。

 事前にこの事を知る事が出来たのは幸運だった。もし何も知らずに、例え正当防衛とは言え人間を殺してしまったとしたら、こんな不自由な称号が付いて回る事になる。


「どうする?」


 リオンさんが小声で訊ねてくる。


「まあ、見て見ぬ振りも出来ないですね。無力化しましょう」

「うん」

「あ、でも絶対に殺さないで下さいね?」

「? まあ、了解だよ」


 僕は隠形状態のまま若い男の死角に回り、クロスボウを発射した。狙いは足。


「うぎゃあ!? 何だこりゃ!? 痛えええええ!」


 いきなり太ももにボルトが深く突き刺さり、若い男がもがき苦しむ。そこへリオンさんが槍を構えて飛び出した。


「ジャッジメントですの」


 ……おい。どこの学園都市の人だ。


「な、なんだテメェは! これやったのはテメェかぁ!?」

「ひぃ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」


 若い男の怒鳴り声に、リオンさんのコミュ障が発動してしまう。


「このヤロー、ぶっ殺してやる!」


 男は足を引き摺りながら剣を振りかざして凄んでいく。まあ、手負いな上にレベル1じゃリオンさんの敵じゃないんだけど、肝心の彼女があの調子じゃなあ……

 仕方ない。クロスボウは時空間収納に戻し、両手に剣を持つ。右手にはDランクまで上げたゴブリンリーダーの長剣、左手には魔剣ディフェンダー。

 隠形のままヤツの背後に立ち、首筋にそっと刃を当てる。


「動くな」

「ひっ……いつの間に」

「剣を捨てろ。二度は言わない」

「わ、分かった!」


 男は剣を手放し、両手を上げた。それを見て、僕も剣を引く。


「……なあんて言うとでも思ったかバァカ!」


 すると男はチャンスとでも思ったのか、振り返りざま、僕に殴り掛かってきた。

 そう来ると思ってたよ。全く……


「うぎゃあああ! 手が! 手がぁぁぁぁ!」


 殴り掛かって来た彼の右拳に、魔剣ディフェンダーがオートで反応する。拳に刃を立てて防御するとか中々にエグいけど、僕の意思じゃないので悪しからず。

 剣の刃に素手の拳で殴り掛かったらどうなるか。男の拳は手首のあたりまで縦に割けてしまう。


「自業自得だね。悪い事はするもんじゃないなあ。リオンさん、警察のロープ有りましたよね」

「あ、ひゃい!」


 まだコミュ障を発動してキョドっているリオンさんが、時空間収納の中からいつかのお巡りさんの遺品でもあるロープを取り出した。僕はそれで男の手足を縛って自由を奪い、そのあたりに転がしておいた。ちなみに警官が持っていた拳銃や警棒も、護身用にリオンさんに渡してある。

 その上で、この店の関係者と思われる壮年の男性に話しかけた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ありがとう」

「どうして避難もせずに?」

「避難する前に店の戸締りをしようと思ったら、そいつが物色してて……」


 なるほど。予想通りだね。


「僕達、買い物に来たんですけど、売ってくれますか?」

「ああ、それは大丈夫だけど……」

「じゃあ、保存の効かないものだけ」


 僕の言葉に『何言ってんだコイツ?』って顔をしてたけど、時空間収納があるからね。新鮮な食べ物の方が貴重なのだ。僕達は肉や魚、野菜に果物などの生鮮食品に生菓子などを購入しようとした。だけどこの男性曰く。


「どうせそれらは腐らせて廃棄する運命だったモンだから、タダで持っていってくれていいよ。保存の効くヤツなら代金を頂く所だけど」


 そう言って笑った。なるほど、ある意味ウィンウィンな取引かも知れない。廃棄するのだってタダじゃないもんね。それに彼も、保存の効く食料なんかは自分で食べるなり避難所で売るなり、使い道はあるだろうしね。

 だけど、時空間収納にホイホイと食料を突っ込んで行く僕達に、お店の人はポカンとして立ち尽くすだけだった。

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