第21話 自分の手は汚さずに

「それで、コレはどうするの?」


 車に揺られながら、リオンさんがチラリと後ろを向く。

 後部座席を倒してフラットにしたスペースに、両足首と後ろ手に手首をロープで縛られた男が窮屈そうに転がっている。騒がれると煩いので猿轡もセットで。まるで僕達が誘拐したみたいだけど、こいつは称号が示す通り、殺人を犯している。

 ああ、ちなみにクロスボウの傷と斬り裂かれた拳は治癒魔法で治してやった。ただ、レベル3の治癒魔法では拳の傷は完治出来なくて、血は止まって傷も塞がっているけど、自由に動かす事は出来ないようだ。


「んんー! んー!」


 何かを必死で訴えて来るけど、残念だけど『んー』だけで会話が成り立つような言語って知らないんだよね。


「そうですねえ……もう一線を超えちゃってる人を殺しているし、罪滅ぼしをしてもらうのがいいと思うんですが」

「ええ? 更生するかな? だって凄い人相悪いし、さっきもあたしに凄んで来たし、もう万死に値するんだけど」

「まあ、そうなんですけどね。僕らがこの人を殺すと、あんまり良くない称号が付いちゃうんですよ」

「そうなの?」


 そこで僕は【マーダー】の称号について説明をした。

 覚醒後に同族を殺す事によって得られるマーダーという称号。得られる経験値は2倍になる代わりに取得出来るスキルはひとつだけ。つまり覚醒後、最初に取得したスキルのみで一生涯生きなければならない。

 いや、そのデメリットを相殺できるような効果を持つ称号もあるかも知れないけど、少なくともこの称号を持っているヤツは一人で生きていく確率が高くなるだろう。もしも僕のように解析スキルを持っている者が見れば、彼が殺人者で有る事は明白だ。そんな人間と誰が好んで一緒にいたいと思うだろうか。


「うわあ……でもいつか、そういう人達が集まって力こそパワーとか言い出しそう」

「そうですね……汚物は消毒だとか、リアルでやりそうで怖いです」


 まあ、冗談めかして言ってはいるけど、ゲームの中でもPKプレイヤーキルを楽しむ人間はいる訳で。それがリアルで出来るとなれば、必ずそういう輩は現れると思っている。そういう人間と出くわした時に、どう対処するか。今後の課題だよね。


 このあと僕らはガソリンスタンドで給油をし、モンスターを探して市街地に向かった。


「やっぱり駅前は倒しても倒しても湧いて来るみたいですね」

「そうなんだ? 駅の中にモンスターの巣でもあるのかなぁ?」


 索敵に反応するのは数えるのもバカらしいくらいの敵の反応だ。幸いなのはそれぞれが小グループに分かれて行動している事か。

 リオンさんの言う事にも一理あるような気がする。いつかは駅の中も調査してみないとダメかもね。


「ん? 獲物がいなくなったからかな。中心部から、郊外へ移動している?」


 索敵の反応が、纏まりがないなりにも中心部から放射線状に離れて行く動きが見られた。


「ああ、そうかもね。あいつら、まるで人間を殺すのが目的みたいな連中だし。で、どうする?」

「勿論、一番敵影の濃い場所に行きますよ」

「了解」


 僕は適当な所に車を停めて、後ろの男――渡辺を担ぎ出した。そして乱暴に地面に放り出し、リオンさんに言った。


「それじゃあ、ちょっとモンスターをトレインしてくるので待っててください」

「あ、はーい」


 トレインっていうのは、モンスターを引き連れて第三者に擦り付ける迷惑行為だ。ただ、経験値稼ぎのために敢えてそれをやる場合もある。今回はどちらかと言えば後者の方だ。

 でも、その他にも狙いはある。


「おお、いるいる」


 僕は隠形を発動させずにモンスターの前に姿を現し、奴らがギリギリ見失わない程度の速度で逃げる。そして逃げた先にいるモンスターを釣る。その繰り返し。すでに獲物がいないこの駅前エリアでは、連中にとって僕は貴重な御馳走に見えるようだ。

 ゴブリンやオーク、トライアイズウルフがワラワラと付いて来る。いつの間にかその数は、100匹に届こうかというちょっとした軍団みたいな規模になっていた。


 視界の先には転がっている渡辺と、槍を突き付けてつんつんしているリオンさんが見えた。そこで僕は速度を上げ、一旦モンスターを引き離した。そしてリオンさんに合流して、モンスターの群れを待ち構える。

 そして渡辺の拘束を解いて、ゴブリンの小剣Fを手渡した。更に極上の笑顔で告げる。


「さあ、たくさんの敵が来ました。頑張って倒して、罪を償って下さいね」


 極上の笑顔とセットで、ワルサーの銃口もセットで突きつけているけどね。


「て、てめえ……」

「ささ、頑張って!」

「うわあああ!」


 丁度いい感じにモンスターが近付いて来たところで、渡辺をモンスターの群れの方へポンと押し出した。


「くそ! くそ!」


 当然の事ながら、モンスター共は渡辺に殺到する。1匹2匹は倒したみたいだが、間もなく彼の姿はモンスターの群れに飲み込まれて見えなくなった。


「あちゃあ、結構えげつないね、トウジくん」

「仕方ないですよ。自分にマーダーなんて称号が付いたら洒落になりませんし。それより、これで殲滅しますよ」


 ちょっと呆れているリオンさんに、トミーガンを手渡した。ストックしておいた武器召喚レベル3のサブマシンガンだ。


「あまり離れると威力半減だと思うんで、引き付けてからお願いしますね?」

「ふふん、あたしを誰だと思ってるのさ? これでもFPSで結構暴れてたんだよ?」


 そうだった。この人はそうだった。


「じゃあ、それを撃ち尽くしたら後ろに下がって援護頼みます」

「はいな!」


 さあ、これから楽しい狩りの時間だ。

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