第19話 吐露

「妹が殺されてたの」


 唐突に、目を伏せながらリオンさんが語り始めた。


「あたしが大学を卒業したあと、両親が離婚してね。原因は母親の浮気。あの子は母親にそっくりでさ。父親に引き取られたんだけど、かなり辛く当たられてたみたい。父親からしたら、母親の面影を強く残す妹が憎くて仕方なかったのかも知れない」

「……」

「それで妹はあたしの所に逃げて来たの。父親からは電話で一言、『頼む』だけ」


 アパートから戻って来たリオンさんの様子がおかしかったのはそのせいか。リオンさんは、両親の事を『父親』とか『母親』とか、まるで他人のように呼ぶ。その辺の家庭環境の事は置いとくとしても、妹さんを大事に思っていたのは今の様子を見れば分かる。


「それが、あんなに無残な姿になって……」

「……」

「昨夜はね、怖くて寂しくて心細くて。一人がこんなに恐ろしいと思えたのは初めてで。実は何度かトウジくんのお布団に潜り込もうとしたんだ」


 鉄の自制心でそれは耐えたけど、と苦笑しながら彼女は続ける。きっと、妹さんの姿がフラッシュバックしたんだろう。一つタイミングを間違えれば、自分も同じような運命を辿っていたかも知れないのだから。


「多分、無意識のうちにトウジくんに縋ってたんだろうね。君の側にいて安心したかった。それはトウジくんを受け入れたって事だよね?」


 そう、なんだろうか?

 僕に心を開き始めたのは危ないところを助けられた事と、モンスターと戦うという非日常が吊り橋効果をもたらしたと言うか、正常な判断力を失わせている状況がそうさせている可能性は否定できない。それに、妹さんを殺されたのなら、復讐に燃える気持ちも分からなくはないし、その復讐のために僕を利用しようとしているかも知れない。敢えてなのか無意識の内になのか分からないけど。


「僕を利用して復讐しようとか思わないんですか?」

「あははは。利用するにしても相手は限定されちゃうよ。あたしのコミュ障、かなり重症だから」


 そうか。

 利用するにしても、重度のコミュ障の彼女にとって、僕が利用出来る唯一の存在って事か。


「それにさ、結婚って恋愛の延長線上にあるものなの?」


 ここでさっきの『いいお嫁さん発言』に回帰する。


「必ずしも、そうではないと思いますけど……」


 打算計算、恋愛感情抜きの結婚なんて古今東西どこにでもあるだろうね。好きな相手の家柄がふさわしくないから結婚は無理だとか、逆に恋愛感情よりも相手の経済力を重視したとか。あるいは生まれる前から既に決まっていた結婚とか。


「でも僕は、結婚するなら愛する人としたいですし、その前にお付き合いするのも好きな人がいいです」

「そっかあ。まあね、結婚なんてお役所に紙切れ一枚提出するだけの事だと思ってるからそれはいいんだ。でも、あたしはトウジくんの相棒になりたいと思ってるよ。あたしが一緒にいられるのはトウジくんだけだから」


 リオンさんはニッコリと笑顔を浮かべ、僕しかいないと言い切った。彼女の性格からして集団の中で生活していくのは無理。かと言って、モンスターが溢れる世界の中で、たった一人で生きて行くのも過酷すぎる。

 僕が彼女を見捨てると、彼女は誰一人頼れない……か。

 会社でのなら見捨てただろうなあ。でも今のリオンさんは不思議と一緒にいても嫌じゃない。むしろ心地いいまである。

 実際、昨日の戦闘中もリオンさんがいて助かった事は多い。だけど僕はひとつ条件を付けなきゃいけない。


「リオンさんが変な事をしなけりゃ見捨てたりしません」

「当然だよ! 相棒って、お互いの信頼の上に成り立つものだから! てか、変な事って?」

「ただ、この先たった二人で生き抜いていくのは難しい。そんな状況になるかもしれません」

「そこ! スルーするな! でも、うん……」


 僕がこれから言わんとしている事が分かってしまったのか、リオンさんは表情を暗くして俯いた。


「別に大人数の組織に入ろうとか、そういうのじゃないんですけど、例えば交替で寝ずの見張りをするとか、最低限の人数は必要になってくると思います」

「ああ、そうだよね……」


 このあたりは割と鉄板な設定だからね、彼女も納得はしているみたいだ。これは物語の中だけじゃなく、例えば製造工場だって24時間操業をする為に三交替制を導入しているのは常識だし。


「もちろん、僕の独断で決めるとか、そういうのはしません。あくまでも、僕とリオンさんが合意の上でって事で」

「う、うん、分かった。ガンバルヨ」


 大丈夫かこれ。目が泳いでるし。


「それで、今日の予定なんですけど、何かやりたい事ありますか?」

「そうだね、モンスターを狩って生体レベルとスキルレベルを上げつつ、物資の回収、かな。あたしも時空間収納取ったし、食料はいくらあってもいい」

「そうですね、賛成です。お店に置き去りにされた商品は、さくっと回収しちゃいましょう。火事場泥棒みたいでアレですけど」

「うん、それじゃあレッツゴー!」


 衣類は昨日ワーク〇ンでかなり回収出来たし、雑貨や薬もアーケード街で入手出来た。野外で過ごす為のキャンプ用品なんかもホームセンターで購入済だし、水はリオンさんの魔法で何とかなる。そうなると、やっぱり食料だ。アーケード街でそれなりに入手出来たから、当面は大丈夫だけどね。


「まずは燃料を調達しましょうか。ガソリン、灯油はいろいろ使い道がありますし」

「うん、了解!」


 こうして僕達はガソリンスタンドへと向かう。職場とは離れた隣町に住む僕の近隣住民すら避難している状態なので、ガソリンスタンドはおろかお店も営業している所はなかった。

 そうなると、やはり市の中心部で経営者がいなくなった店が狙い目だけど、そういうのは先客がいてもおかしくない。

 トラブルにならなきゃいいんだけどな。そんな不安を抱えつつ、僕は車を走らせた。


「もう中心部は本当に人がいませんね」


 僕の索敵に引っ掛かるのはモンスターの反応ばかりで、人間の反応は全くない。


「この先のスーパーマーケットに入りましょう。人間の反応があります」

「っ! 分かったよ!」


 人間の反応と聞いたリオンさんが、ビクッとした気がしたんだけど、大丈夫かな?

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