第57話 ダンジョンを舐めるな

「……協力、というのは?」

「戦力的な意味でさ。レベリングに協力してもらうと有難いんだが」


 やっぱりか。これはお断りだ。レベル1の人達を引き連れて奥の階層に進むなんて僕達の負担が増えるだけだし、今更僕達が1番線ホームで戦っても旨味がない。


「それは、出来ません」

「どうしてかな?」


 藤原さんの表情が厳しくなる。まあ、分からなくはないけど。


「この2番線と3番線に挟まれたエリア――僕らは第二階層って呼んでますけど、ここのモンスターがどんな連中か知ってますか?」

「……いや」

「ゴブリン、オーク、トライアイズウルフの上位種ばかりです」

「上位種ばかりだって!? じゃあ雑魚はいないのか!?」


 驚きの声を上げたのは皆本三尉。藤原さんも声は出さないけど、目を見開いて驚いている。後ろにいる連中もだ。


「皆さんは1番線ホームで戦って来たんじゃないんですか?」

「いや……後ろの彼等を覚醒させて、すぐ移動してきた。1番線ホームは市民の有志が戦ってレベルを上げようとしている。自分達が引率している彼等は市が選抜したエリート候補なんだ。早くレベルアップさせるのに越した事はないだろう?」

「エリート候補?」

「ああ」


 エリート候補という怪しげなワードについて皆本三尉に聞いてみると、ある程度納得出来る答えが返ってきた。それはちょっと僕達にはショックな内容でもあったんだけど。

 エリート候補というのは、簡単に言うとスポーツなどで優秀な成績を叩き出している人達の事だそうだ。特に武道経験がある人なんかは優先して選抜されるらしい。


「例えば自分達自衛隊や警察官などは、日ごろから銃や格闘術の訓練をしている者が多い」

「ええ、それはまあ、そうでしょうね」

「そういう人間が覚醒した場合、最初からレベル1の状態でスキルを持っているんだ」


 ショックな内容というのはつまりこういう事だ。経験がそのままスキルに反映されるには、ただ『やった事がある』程度じゃダメらしいのだけれど、実戦に耐えうるレベルで腕を磨いている人は覚醒した段階でスキルが『生えている』そうだ。

 このあたりはジェリーさんが覚醒した時もそうだったので、人間に当て嵌めてもあり得る事なんだろうけど、なんだかね。称号持ちの僕達よりある意味チートなような気がするけど。


 とにかく、日ごろから鍛えているアスリートならいきなり身体強化スキルを持った状態で覚醒するし、空手や柔道などの格闘技の黒帯なら格闘スキルを持った状態で覚醒する。勿論格闘技経験者なら所持しているだろう。

 警察や自衛隊も剣道や柔道、銃剣格闘などで鍛えているだろうし、射撃訓練も言わずもがな、か。即戦力と言えばそうなんだろうな。

 もしかしたら、イネちゃんなんかも最初から弓術スキルを持っていたのかも知れない。


「なるほど。だけど1番線ホームでもう少しレベルを上げてからの方がいいと思いますよ?」


 それでも僕は警告する。ここで有望な人材を無意味に失うのはちょっとね。だけど後ろのエリート候補さんから顰蹙を買ったみたいだ。


「おいあんた! 俺達が足手纏いだってのか!?」


 後ろからガタイのいい青年がズイっと進み出てきて凄んできた。身長が185㎝くらいありそうだし胸板も厚い。だけどゴブリンキングの脅威に比べれば子供が粋がってるようなものだ。

 そんな彼の厚い胸板を、僕は人差し指でツンと突く。


「なっ……!?」


 たったそれだけで彼は数歩後退り、そのまま尻もちを着いてしまう。


「そう言ったんだ。この先はレベル1の人間が生き残れるような場所じゃない」

「なにぃ!」

「舐めんなよ!? 俺達はこれでも――」

「舐めてるのはあんた達だ」


 まさに一触即発。尻もちをついた青年だけでなく、他の連中も詰め寄ってくる。


「止めるんだ」


 しかしそこに皆本三尉と藤原さんが割って入る。


「小早川君。君は今彼等をレベル1だと言ったね。参考までに君達のレベルを教えてもらえないか?」

「……詳しい事を明かすつもりはありませんが、全員レベル2ケタだとだけ」

「な……?」


 彼等全員の顔が驚愕に歪む。しかし冷や汗を流しながらも食い下がって来るヤツはいるもんだ。


「そ、そんなハッタリが効くかよ! 大体、そんな合法ロリ姉ちゃんや細い姉ちゃんがレベル2ケタとかブヘェ!?」


 まったくもう、そんな粋がった事を言うから……

 僕の後ろに隠れていたリオンさんが瞬時に動き、かなり手加減をしたボディブローを喰らわせた。喰らった方は悶絶してるけど、本気で殴ったら内蔵破裂で即死だったかもね。


「誰が合法ロリ姉ちゃんだ。しねしねしねしね」


 ゲシゲシゲシゲシと追撃のスタンピング。合法ロリは禁句なんだなぁ……


「よしよし、リオンさん、その人死んじゃうからもうやめてあげましょうね」


 頭をなでなでしながら宥めると、漸く落ち着いてくれたけどそれでも時空間収納から魔槍ストーンシューターを取り出しくるりと回してから穂先を倒れている男の鼻先に突きつけた。


「次言ったらコロすから」

「(コクコクコクコク!)」


 失言の男、涙目。コミュ障のリオンさんも、爆発するとこうなっちゃうんだなあ。


「皆本三尉、今の反応出来ましたか?」

「いや、無理でした。藤原巡査長は?」

「ははは。僕は目で追うのがやっとでしたよ」


 彼等の僕達を見る目に恐怖の色が混じるようになった。まあ仕方ないか。舐められたままよりは僕達の話を聞いてくれるだろうしね。


「こんな僕達でも、1番線ホームのボスモンスター相手に死ぬほど苦戦したんです。ダンジョン内はそんな甘い場所じゃないですよ」

「……1番線ホームですら油断すると危ないって事か。レベルを上げて出直す事にしよう」

「そうした方がいいですね。せめてレベル2ケタになってから次に挑んで下さい」


 戻って行こうと回れ右をする彼等。

 そこで僕は思い出した事がある。

 リオンさんからとあるものを受け取って、藤原さんに声を掛けた。


「藤原さん」

「ん? 何かな?」

「これを」

「! これは……」


 藤原さんに手渡したのは、アーケード街で殉職していた駅前交番のお巡りさんが持っていた拳銃や警棒、その他の遺品。


「アーケード街で倒れていた警官が持っていたものです」

「そうか。ありがとう。これは間違いなく遺族に渡るようにしておこう」

「お願いします」


 藤原さんが僕達に深く頭を下げて去って行った。これで一つ、肩の荷が下りた気がした。

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