第三章

第55話 覚醒者たち

 1番線から2番線に移動するには、二本の線路を跨いで掛かっている渡線橋を渡って行かなければならない。エスカレーターなんて洒落たものはなく、普通に階段しかない。

 そこで判明した事だが、どうやらこの渡線橋はダンジョンの中でもモンスターが出現しないセーフティゾーンになっているようだ。拠点を構築して長期間ダンジョンに籠るにはいいかも知れない。あくまでも、敵がモンスターだけだったら、の話だけど。

 実際、マーダーの称号持ちもいたくらいだから、人間相手だって油断は出来ないよね。


 それでは2番線以降のエリアにいるモンスターはどうやって外に出ているのかって話だけど、それはジェリーさんに聞いても分からないとの事だった。ダンジョン内でモンスターのみが移動できる特殊な手段があるんだろうね。

 突然ポップするモンスターがいるんだから何も不思議じゃないし、何より『ダンジョンだから』で済まされるくらいには僕達の常識が通用しない場所だ。


 それから、この安全地帯でじっくりと時間を掛けて、ジェリーさんの世界とこっちのシステムで取得したスキルの熟練度の違いについて話し合った。

 ジェリーさんの認識では、熟練するという事はあくまでも経験に基づいたものであり、例えて言うなら危険を知らない人間に危険を予知しろと言っても無理な事だと。それは経験によって蓄積されていくものであり、それに対処しようと己を磨く事によって熟練度は増していく。


 その事には全面的に僕もリオンさんも同意だった。生活する上で、何をするにもトライアンドエラーを繰り返し、目指すものに近付いていくのは当たり前の事。

 しかし、このスキルに関しては考え方が全く異なる。

 例えばジェリーさんの言う危険を察知しろという忠告。魔剣ディフェンダーに頼った戦い方では、周囲の殺気を拾うなどといった能力は磨かれない。だから僕は縛りプレイで戦っていた。だけどジェリーさんの持つスキルと僕達が得るスキルというのは似て非なるものだ。


 僕の索敵スキルとジェリーさんの気配察知という能力で例えてみよう。これはどちらも何者かの存在を察知するという意味では似通っている。しかしその相手が気配を消すのに長けた者で有る場合、ジェリーさんの気配察知に引っ掛からないケースもある。だけど僕の索敵スキルでは、いくら相手が気配を消そうと、存在そのものを把握する。これを防ぐには同レベル以上の隠形スキルを発動させればいいのだけど、そもそもそんな高レベルの隠形スキルを使われたのではこちらがいくら気配を掴もうと修行しても意味をなさない。


 結局は、強くなるのも身を守るのも、敵を倒して経験値とSPを得て、レベルを上げていく以外に最短の道はないんだよね。


 だけどジェリーさん方式の『実践』する事で強くなる方法も無駄って訳じゃない。

 前にも少し話したけど、剣術経験者のレベル1とド素人のレベル1は全く違うという事だ。

 例えば僕はゴブリンキング戦で、ヘカートⅡでの狙撃を外してしまったけど、仮にきっちりと射撃訓練をやってきた人なら当てていたんじゃないだろうか? この威力の銃を撃つとどれくらいの反動があるか、なんていうのは経験してみないと分からないもんね。

 所詮スキルというのは動き方や扱い方を頭で分からせるものだと思っている。実戦での駆け引きや一瞬の状況判断などは経験しなくては身に付かない。


 だから訓練は必要なんだよな。

 だけど、ジェリーさんは弓や魔法なら師匠になれるけど、剣術や銃の扱いを教えてくれる訳じゃない。師匠がいないなら、実戦で腕を磨かざるを得ないのが実情だ。


「それじゃあ今日も2番線ホームの攻略開始と行きますか!」


 リオンさんが元気よく僕の腕を引き立ち上がる。

 ゴブリンキング戦のあと数日間、こうして渡線橋で休みながら2番線ホームで戦っているけど、まだアントクイーンとはエンカウントしていない。


「私も腕が鈍るといけないから、一緒に行くわね」


 反対側の腕をジェリーさんに確保された。

 ゴブリンキングを倒してから、どういう訳か二人の距離感が近い。いや、リオンさんは分かる。一応僕は命の恩人だし、モンスターへの復讐のためにも一緒に行動したいだろうからね。好意と打算が一緒になってるけど理由としては納得できる。

 だけどジェリーさんはなんだろう? 彼女は僕達が供給する食べ物目的な気がするんだけど、それならベタベタする事もないだろうに……


「ん? 誰か来ますね」


 そんな時、索敵に反応があった。

 いや、反応がある事自体は別におかしな事じゃないし、さっきまでも複数の反応がダンジョン内に入って来た事は把握している。

 昨日あたりから、ダンジョンに入ってくる集団がやたらと増えたんだよね。索敵の反応を見る限り、まだ1番線ホームより先に進む人達はいないみたいだけど、大体四~五人のパーティでモンスターを狩っているようだ。まあ、僕らとしては今更1番線ホームに用はないし、もしかしたらメガネ君達が市長や警察署長と掛け合った結果、何等かの動きがあったのかも知れない。

 覚醒してレベルを上げようとする人間が増えるのは喜ばしい限りだ。それが悪人じゃなかったらね。


 ところが、1番線ホームをスルーして、渡線橋を渡ろうとする集団がいる。全部で十人。僕らは一応警戒をしながら、その集団を待つ事にした。下手に戦闘中に後ろを取られるのは勘弁だからね。


 やがてその姿が見えてくる。

 先頭を進むのは迷彩服の上下とテッパチを被り、自動小銃を持った三十代くらいの男。装備からして陸上自衛隊か? その男と並んで歩くのは警察官だ。これは制服で分かるね。油断なく拳銃を手にしている。さらにその背後には服も年齢も性別もバラバラの集団が続く。全員が何等かの武器を手にしている事から、レベルを上げにダンジョンに入って来た事は間違いないだろうな。


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