第54話 帰って来たヤツラ、動き出す大人たち。

 関東某所。とある山中にて。


「ここがタクトの故郷かぁ!」


 彼女はヴェスパ。赤髪でグラマラスな女性だが筋肉質で目つきが鋭く好戦的な印象を受ける。眼下に広がる街並みを見て感動しているようだ。


「ほんの一年くらいなのに懐かしいわね」

「ん。何十年も向こうに行ってたみたい」


 金髪碧眼の美女がそう言えば、小柄で前髪に隠れて表情が読みづらい少女が同意する。金髪の女性はジェンマ。一応教師である。そして小柄な少女は蘭。中学生にしてイギリスの超難関大学に留学する予定だった天才少女だ。


「ったく、あの爺さんもこんな山ン中に飛ばさなくてもいいだろうに」


 そして見た目は二十歳前後の青年が、不服そうに『爺さん』とやらに恨み言を語る。彼はタクト。ノーブレーキの大型トラックに撥ねられ、死にかけたところを怪しい医者に助けられた経歴を持つ。その身体には怪しい秘密があったりする。


「というか、囲まれている」

「うわあ、結構いるです」


 銀の髪、そして犬のような耳と尾を生やした少女があたりを油断なく見回すと、白髪でうさぎ耳をピコピコと動かす少女が周囲の物音を探る。犬耳を生やした少女は銀狼の獣人でジュノ。ウサ耳の少女はウサギ獣人のミミだ。どちらもタクトに助けられ、恩義と好意から行動を共にしている。


「みんな! なんかいるから油断すんなよ!」

『了解!』


 タクトと、彼を取り巻く女性達の他にも男女合わせて二十人以上の集団がいた。いずれも十代後半ほどで、全員が何かしら武装をしている。


「やれやれ……いつから日本も異世界みたいになっちまったんだ?」


 タクトがそう呟きながら左腕の腕輪型の端末を鋭い剣に変化させる。


「ん。ようやく異世界から戻ってきたのに、帰って早々ゴブリンと戦う事になるとは思わなかった」


 ランがクロスボウを構えながらそう愚痴を吐くと、横にいた金髪の美女が微笑みながらグレイブを構えて言った。


「あら、蘭ちゃんみたいな天才少女でもこの展開は読めなかった?」

「むう、先生。天才とて予知能力を持ってる訳じゃない」

「あらら、ゴメンなさいね?」

「オラ、ジェンマ、ラン! 来るぞ!」


 ちょっと和んでいるジェンマと蘭の会話にヴェスパが警告を発する。その後まもなく、ゴブリンの集団と日本に帰還したばかりの青年たちの戦闘が始まった。


「! タクト、みんなに伝えて。全員、1匹は必ずゴブリンを倒して」

「了解だ。おいみんな! 一人1匹は必ず倒せだってよ!」


 クロスボウの一撃で、誰よりも早くゴブリンを倒した蘭がタクトに促した。蘭の言葉に欠片も疑問を抱かずその指示に従う事から、タクトも蘭を深く信頼している事を窺わせる。そしてそのタクトの声に全員が従った。

 そしてゴブリンの集団を圧倒した彼等は、蘭の指示の意味に深く納得するのだった。


 ――彼等は以前、クラスごと異世界に召喚されたクラスメイトと教師。それに異世界で出会い絆を深めた者たちだった。一部はまだ異世界に残っているが、その残った者たちの協力もあって、一年の時を経て日本に帰還したのである。

 元々彼等は戦闘力として異世界に召喚されたので、全員が高い戦闘能力を持っている。それが今、覚醒された。


***


 国会議事堂にて


「総理! 海外からの救援は!? 米軍は何をしているのですか?」

「海路、空路共に不可思議な壁のようなもので封鎖されており、進入も外出も出来ないという事です」

「離島などには問題なく行けるのに?」

「出入り出来ないのは我が国の領海、領空を超えるところで区切られているようで」


 総理大臣以下閣僚や官僚、更には野党のトップまでもが顔を揃えての緊急会議が行われている。国会とは別に、総理大臣が声を掛けて集めた非公式の会議だ。そこには野党も与党も関係ない、団結して危機を乗り越えなければならないという決意が見えた。

 モンスターの出現は全国各地に広まっており、全ての地域に自衛隊や警官隊を派遣するのは物理的に全く足りていない為、現実的に不可能。

 よって、各自治体や民間に任せきりなのが現状だ。それでも危機的地域や離島など、インフラが途絶えている場所にはなんとか救援を送っているが、それもいつまでも続く訳がない。今のままでは食料や武器弾薬の生産もストップするし、備蓄燃料も底をつく。

 各種資源や食料など、生活に必要なもののうち多くを輸入に頼っているこの国が謎の力で閉鎖されているという事は、真綿でじわじわと首を絞められているという事だ。


「やはり、覚醒者を計画的に育てる以外にないのではないでしょうか?」


 ある官僚が声を上げた。そして今まで明らかになっているスキルやその能力、またSNSなどで拡散されている情報の中でも信憑性の高いものをまとめた資料をモニターに映し出した。

 その中には戦闘だけではなく、生産や補助的なものから医療に役立つものもあり、現代社会の生活を支えるのに、スキルで代用出来ないものは無いと言っても過言でない程だった。


 幸いなのは、友好国と同じように、常々領土問題でトラブルを起こしている近隣の国家も侵入出来なくなっている事だ。国内が大混乱に陥っているこの状況で踏み込まれたら、とてもではないが対処出来たものではないだろう。


 幸か不幸か鎖国状態の今、国内に注力出来るのは有難い状況でもある。これより、覚醒者の育成を目的とする組織が発足し、国家プロジェクトとして動き出す事になった。

 通常であれば国会で法案を通すなど、非常に時間が掛かる案件である。だが今回はこの場の全員の了承によって強引に押し切った。


***


 ???視点


 ふむ、流石はビモータ。優秀なる眷属ともよ。この時間軸に合わせて彼等をこちらに送り返すのはさぞかし苦労しただろう。

 時間軸が後にズレればズレるほど、事態は悪化していく。まだ初期の段階に彼等が現れたのは幸運だった。


 もっとも、彼等にとっては自分達が生きていた時とも微妙にズレている。向こうの世界でビモータが微妙に匂わせていたようだが、アレを倒してこのループを止めるには、彼等の力が必要不可欠だ。申し訳ないとは思うが許して欲しい。今この場で謝罪したところで、彼等に届く訳もないのだが。


 ファステストキラーの彼は順調に成長しているようだが、幸か不幸か、彼のいるエリアのモンスターは弱い。レベルを上げるのは困難を極めるだろう。故に、エルフ最高の戦士を巡り合わせるまでは成功したが、異世界にいた彼等は私の力では因果律の操作は非常に困難だ。無事に出会って欲しいものだ。そして、成長せよ。

 エルフの戦士も異世界帰りの戦士たちも強力だ。しかしアレを倒すには、我がで力を得た者たちでなければならない。


 ようやく国のトップが動き出したようだが、覚醒者を多く生み出すという事は、それだけモンスターが持つ経験値を分散させるという事だ。今後強い個体が生まれるのは難しいだろうね。


――――――――――――――――

 ピンときた方もいらっしゃるかも知れませんが、冒頭の彼等は別作品の主人公と仲間達です。ご興味のある方は下記タイトルを参照してくださいね!

「クラスごと異世界に召喚されたけど無資格者として放り出されたので、知識チートでスローライフを送ろうと思ったのにハードルートに巻き込まれた。でも大丈夫。奥歯をカチッとすれば誰も俺を倒せない」

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