第5話 童貞舐めんな

 とりあえず助手席にファブ〇ーズをシュシュッとしてから車から戻ると、土下座した立花さんが出迎えてくれた。


「使用済みですが入用であれば差し上げます。ですがこの身を差し出すのはまだ心の準備ががががが」


 土下座の先には何故かスーツやストッキング、縞々パンツが畳んで置かれていた。いや、おしっこ塗れのそういったものを収集する性癖はないのですが。


「何言ってんだあんた。結構です。洗濯機に突っ込んでおいて下さい」

「ではやはり身体……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」


 いや、本当に何言ってんだあんた。


「それもいらないです。それより、僕もシャワー浴びてくるので、これからどうしたいか考えておいて下さい」


 この人に好意があるならまだしも、流石に塩対応されてた相手とか、ないね。


***


 シャワーから戻った僕を待っていたのは、どこか覚悟を決めたような表情の立花さんだった。

 これからの事を話す前に、まず自分の話を聞いて欲しいという事で、僕は彼女の話に耳を傾ける。


 立花さんは、自分の事をぽつりぽつりと話してくれた。それだけでも勇気を振り絞っているのが分かる。

 コミュ障でヲタクでネット弁慶でゲーマーで、あとなんだっけ? え? 喪女?

 この一か月の事は、別に僕の事を嫌いという訳じゃなくて、単にコミュケーションを取る事自体が激しくメンタルに負担を掛けていたという事らしい。僕にだけ特に塩対応だったのは、他の社員に比べてまだ日が浅いというだけの理由で、厳密に言えば他の同僚とも極力接触は避けたいとの事だった。


「特にあの課長、誰が合法ロリだタヒね」


 そんな呟きも聞こえたけどスルーしとこ。言い得て妙と思ったのはここだけの話だ。


「あと、小早川くんはなんか日向の存在でキラキラしててリア充っぽくて、あたしなんかが関わるのは畏れ多い」


 そんな事を言っていた。ちょっと待って。なんですかキラキラとかリア充とか。確かにコミュケーションは苦手じゃないけど、陽キャってほどじゃない。それに、彼女いない歴イコール年齢だぞ。


「童貞舐めんな。リア充爆発しろ」

「え……?」

「あ、すみません、なんでもないです」


 ヤバい、思わず口をついて出ちゃったよ。 


「そ、そうなの!?」


 なんか立花さん、急に笑顔になってる!?


「済みませんね、期待を裏切って。ええ、どうせ彼女なんていた事ないですよ!」

「そっかぁ、そうなんだぁ……えへへへ」


 なんで立花さん、ニヨニヨしてるんだ。


「仲間。うふふふ」


 いや、それはどうだろう? そりゃそこそこゲームもするし、アニメやマンガも人並みには好きだし、ネットだって時間を忘れて没頭する事もある。だけどあんた程人間が苦手じゃないぞ。

 うん……?

 でも実はそんなに変わらない? 違うのはコミュ障かどうかってだけか。そう考えると、少しだけ親近感が湧く。話さないから分からないだけで、何も言葉が通じない宇宙人って訳じゃないんだから。

 その、話すのがまずハードルが高いんだけども。彼女の場合は。


 とにかく、僕を嫌っていないのなら色々と可能性は膨らんで来る。もしかしたら、パーティを組んで行動するとかね。一人で生きて行くのは余りにも危険な気がするんだ。こうなっちゃった世界は。


「立花さんはどうしたいんですか?」

「……小早川くんに助けて欲しいって頼んだけど、寄生するのはイヤ。だからあたしも覚醒して、足手纏いにならないようにしたい」

「それは一緒に戦うって事ですか?」

「(コクコク)」


 へえ。そういう事なら受け入れてもいいかな。恐らく僕の称号やスキルは、他の人に知られない方がいい類のヤツだ。大人数で動くよりは信頼できる人と少人数の方がいいだろう。

 言い方は悪いけど、僕は立花さんの命の恩人だ。口止めくらいは強制してもいいと思う。


「スキルを取ったとしても、結構厳しいです。ですから、レベルアップ、SPの取得を主眼に置いて、まずは攻撃的なスキルを取るべきですね」

「なるほど、ゲームに置き換えるとよく分かる」


 誰ともパーティを組む予定もないのに、いきなり治癒魔法なんか取ったりしたらその時点で詰みだ。どんなに戦闘が怖くても、一つは攻撃手段となるスキルを取っておかないと、レベルアップの手段が無くなってしまう。立花さんもそのあたりは十分に理解しているっぽい。


「それで、どうやってモンスターを倒すかなんですが、今の所、パーティ機能とかはないみたいなんで、自力で倒す以外にはないです」

「(`・ω・´)コクコク」

「ただ、瀕死の状態にしてトドメだけ、っていうのは出来るかもです」

「(*’▽’)!」


 顔が分かりやすい。自分の事を打ち明けて気が楽になったのか、表情が豊かになった分普段のコミュ障は影を潜めている。いつもこんな感じなら、さぞかしモテただろうなと思う。


「小早川くん」

「はい?」

「助手席って乾いたかな?」

「う~ん、どうでしょう?」

「取り敢えず買い物したいから出かけたい」


 立花さんが立ち上がる。何故か座布団を持って。


「その座布団は……?」

「だってシートがまだ濡れてたら……」

「その座布団二次被害確定!?」


***


 僕は戦闘する事を見越して、迷彩柄のカーゴパンツ、革のジャケットに着替えて出かける事にした。立花さんは僕が貸し出したスウェットとパーカー。ただし彼女の下着が洗濯機の中なのは考えないでおく。


 立花さんが指定した行先は、まずは立花さんのアパート。次いで銀行、そして衣服を購入できる店、更には保存食を購入できる店、ホームセンター、そしてガソリンスタンド。

 そのラインナップを聞けば、何となく目的は分かる。

 恐らくライフラインもいつかは寸断されてしまう。そうなった時にサバイバル生活に突入する事もあるだろう。その対応の為の物資を調達する目的だね。


 現金しか使えない店もあるだろうという事で、銀行である程度の現金を引き落とす。ただし、社会人一か月目の僕はまだ初任給すら貰っていない。クレジットか電子マネーがメインになるなぁ。

 買い物をする前から、どんよりする僕だった。

 

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