第36話 突入

「お待たせ~……って、車も召喚したの?」


 少しだけ待つと、リオンさんが戻って来た。手ぶらで戻って来たけどほんの僅かにお線香の香りがする。妹さんを弔ってきたのかも知れない。

 そのリオンさんが驚いていた。


「へへ~、自衛隊の車を使いましょう。流石に軽自動車の後ろはジェリーさんがキツそうだったので」

「ほほう、カッコいいね!」


 呼び出したのは軽装甲機動車、通称ライトアーマー。LAVとも呼ばれているやつだ。ちょっとスマホで検索したよ。迷彩塗装の車体は窓が小さく防弾ガラス。前に二人、後ろに二人乗せられるけど、天井のハッチを開けばそこに更に一人。ちなみにハッチを開けるとそこには機関銃を装備出来たりする。一応、レベル5で召喚出来る重機関銃M2を装備してある。詳しくないけど、セットで付いて来たんだよね。

 あ、愛車の軽自動車は時空間収納の中だ。


「ね、あたし銃座のトコがいいな!」


 無邪気なリオンさんに、思わず笑みが浮かぶ。そんな訳で、運転は僕、助手席にジェリーさんが乗り込み出発だ。

 しかし……


「せっかく銃座でスタンバっているのにモンスターがいないとはこれいかに……」


 天井から顔を出しながらリオンさんが残念そうにしている。本当に残念なんだろうね。何しろリオンさんのアパートから駅前まで、一切モンスターに遭遇しなかった。正確に言えば索敵に反応はあったけど、銃撃出来る場所にはいなかっただけなんだけどね。



「さて、それじゃあ行きますか」

「ん。私がいるから気楽に」

「はーい」


 ライトアーマーから降りて、車を収納。そのまま僕達は、駅前ロータリーを真っすぐに駅の構内に向かって歩いて行った。


「「「――!!」」」


 そして改札口を過ぎたところで空気が変わる。


「なんて言うか、重苦しい空気ね」

「ほんとですね。禍々しい感じがします」


 それは明らかに外の空気とは違い、長時間滞在するのは御免こうむりたい雰囲気だ。


「この魔素の濃さこそがダンジョンの証。魔素が原因でモンスターが活発になり、外にいる時より強くなるので注意が必要。とは言っても、オークやゴブリン程度なら問題ない」


 ジェリーさんがダンジョンの中と外の違いを簡単に説明してくれた。と言うか、もうここは僕の知っている駅の中じゃないね。止まっている車両には樹木が絡みつき、大きく茂った大木は天井を突き破っていた。こんなもの、外から見た時は無かったものだ。


「この駅、こんなにホームの数多くなかったんだけど」


 リオンさんに激しく同意。僕も滅多に使わないから詳しくはないけど、確かこの駅は6番線までしかなかったように思う。それが何故か、見渡す限り向こうの方までホームがあるんだよね。これが現実なら、東京駅を遥かに超える規模だ。

 もっとも、東京駅は素の状態でダンジョンみたいに複雑だけど。


「それにホームの幅が……」


 更に更に、線路と線路の間のホームの幅が冗談みたいに広い。軽く50mはあるんじゃないだろうか。そのホームに木が生い茂ったり、ベンチや自動販売機が朽ちていたり、見た目はまるで文明が滅びたあとのデストピアを彷彿とさせる。

 とにかく、駅そのものと別のナニカが融合したような、不思議で気色の悪い世界だ。


「定石から言えば手前から探索よね?」

「ん。奥に行けば行くほど敵が強くなるのはダンジョンの常識」

「なら1番線から行きましょう」


 改札を潜ってから、恐らくダンジョンの中では索敵の範囲も制限されているんだろう。この1番線ホームのエリアしか表示されていないようだ。赤いモンスターの反応ばかりだね。

 そして記念すべき、ダンジョンの最初の敵と遭遇する。


「リオンさん、僕達は接近戦で。ジェリーさんはフォローお願いします!」

「分かった!」

「了解。任せて」


 ゴブリン……じゃないな。体格が大きいのと装備も上等だ。それが8匹。


「グガアアア!」


 解析で見ると、ゴブリンソードマンとある。ゴブリンリーダーと違って指揮能力はないみたいだけど、個々の能力は高いんだろう。油断せずに行こう。


取り敢えずジェリーさんは危ない状況にならない限りは様子見で、僕とリオンさんは分断されないように気を付けながら立ち回った。


 リオンさんがハルバードを突き出す。それを剣で払い、踏み込むゴブリンソードマン。しかしそれを左腕のバックラーでガードしながら自らも踏み込みゴブリンソードマンの出足を止める。踏み込みの速さも力もリオンさんの方が遥かに上で、ゴブリンソードマンが堪らず仰け反った。

 相撲の立ち合いに例えれば分かりやすいか。はっけよい、のこった! でリオンさんが相手を圧倒した感じだ。だけどその直後、僕とジェリーさんが呆気にとられる事になる。

 なんと、バックラーから火の玉が飛び出しゴブリンソードマンの顔面を捉えた。そして怯んだところをハルバードの穂先で一突き。


「……なにそれ」


 後ろからジェリーさんがようやくと言った感じで声を絞り出した。僕も『なにそれ』である。そもそもあのバックラーは僕が合成したもので、魔法を放つなんてカッコいい能力はない筈だ。

 しかし初手からを見せた効果は覿面だった。迂闊に間合いを詰めると魔法を喰らう厄介な相手。そう印象付ける事に成功したリオンさんは、終始有利な間合いで戦いを進める事が出来た。


 そして僕は魔剣ディフェンダーを身体の周りに浮かせながら、防御に意識を割く事なく複数のゴブリンソードマンを相手にひたすらに斬り付けた。

 まったく、『ディフェンダー』とはよく言ったもので、敵の攻撃は勝手に防いでくれる。僕は両手でしっかり悪鬼斬滅の太刀を振るう事に専念すればいい。専属の護衛が一人付いているのと同じ事だもんね。


「……なにそれ」


 ジェリーさんの呆れた声がまた聞こえた気がする。

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