第3話 フラグは立った

 正直に言えば身体を張ってまで助けたい人じゃないし、彼女の方も僕になんか助けられるのは有難迷惑だった可能性まである。

 ――いやそこまで言うかな?

 でも、そのくらい僕達は折り合いが悪かったんだよなぁ。


 それでもあんなバケモノに殺されていいって事はないし、このまま捨てて行くのもなんか違うし。怪我の治療くらいはしてあげよう。それで何か文句でも言われたら見捨てて行くか。この一か月の義理みたいなものは十分果たしただろ。


 治癒魔法レベル1。

 ふと、さっき頭の中で鳴ったアナウンスを思い出す。これが夢じゃなければ僕はさっき取得したスキルを使える筈だ。

 頭の中で使いたいスキルを思い浮かべ、立花さんに向けて手を翳した。触ってないよ。うん、後で下手な事になるのはゴメンだ。


 すると、身体の中から何かが抜けて行く感覚がある。同時に、立花さんの身体がぽわーっと柔らかい光に包まれた。

 みるみる内に立花さんの顔の腫れが引いていく。


 自分のステータスを見ると、MPが10から9に減っていた。なるほど、さっき身体から何かが抜けていく感覚は、自分の魔力が減っていく感覚だったのか。

 ゲームでの知識はそれなりにあるけど、いざ現実で体験してみるとおかしな感じだ。


 それにしても、今の小鬼みたいなバケモノは一体何なんだ?

 僕は目の前に転がっている死体に『解析』スキルを使ってみた。スキル一覧の説明には物品や生物のステータス的なものを見る事が出来るとある。


【ゴブリンの死体】


 ゴブリンか。いよいよゲーム染みてきたな。RPGなどでは定番のモンスターだ。しかしなんでコイツがこんな所に?


「あれ?」


 そんな事を考えていたら異変が起こった。なんとゴブリンの死体が煙のように消失してしまった。だけどヤツが持っていた剣はそのまま残っている。


【ゴブリンの小剣:ランクF】


 その剣を解析してみた。ドロップアイテムってヤツなのか? ともかくれっきとしたアイテムではあるらしい。粗末な剣で切れ味もあんまり良くなさそうだけどね。


 怪我は治っているはずだけど中々目を覚まさない立花さんをそのまま寝かせておき、僕は少し離れた場所に立ったままスキルの確認をした。まずは武器召喚。レベル1で一回使用するにつきMP消費が5。中々の燃費の悪さだ。

 僕は手始めに射撃武器の一覧を眺めてみた。お目当ての武器はレベル1では召喚出来ないらしい。

 それじゃあ……


【カテゴリ[刀剣]レベル1:数打ちの打刀、数打ちの太刀、数打ちの脇差、数打ちの小太刀……】


 なるほど、刀剣カテゴリだけでも結構あるな。ちなみに……


【カテゴリ[射撃武器]レベル1:短弓(10)、長弓(10)、クロスボウ(10)……】


 レベル1だと射撃武器はほぼ弓系統しかないみたいだ。カッコ内の数字は同時に召喚出来る矢の数らしい。

 残りMPは9しかない。武器召喚は一度きりしか使えない。それならこれだ。


 僕は数打ちの太刀を召喚した。弓とか召喚しても当てられる気がしない。でも刀って戦い方がなんとなくイメージしやすい。アニメやアクション映画の見過ぎだね。

 そしてゴブリンの小剣を時空間収納へしまい込む。これも妙な感じだった。念じるだけでフッと消えてしまう。そして時空間収納から出す事をイメージすると手の中に納まっている。MPの消費はないみたいだ。



 そんな検証をしていると、入口の方から妙な声がする。


「グゲゲゲ?」

「グギャ」


 その姿を視界に捉え、息を飲む。それはさっき戦ったの同じ、緑色の小鬼――ゴブリンだった。しかも2匹。

 僕はゴブリンの小剣を時空間収納にしまい込み、数打ちの太刀を鞘から抜き、柄を両手で握る。

 後ろには立花さんがまだ気を失っている。これじゃあ逃げるに逃げられないじゃないか。


***


「――っ!?」


 なんとなく夢心地というか、浅い眠りの時に遠くの音が聞こえてくるような、そんな感覚を覚えて目を覚ました。

 あたしはエレベーターの前で倒れていて、上半身には男物のスーツの上着が掛けられている。


 そうだ。あたしはゴブリンに襲われて、抵抗したけど剣の柄尻で頬を殴られて……それからどうなったんだっけ?

 上体を起こすと掛けられていた上着がハラリと落ちる。前を破られたブラウスと、身長の割には大きな胸を隠しているブラが露わになる。更にはタイトスカートも捲り上げられていた。

 そっか、あたし、あのゴブリンに犯されかけたんだ。でも身体に違和感は感じない。それに殴られた顔にも痛みはないし、触った感じでは腫れてるなんて事もない。

 あ、身体そのものには違和感はないけど、下着に違和感が……


「グゲエェェ……」


 酷く耳障りな声にビクリと身体が硬直する。あれはあたしを襲ったゴブリンと同じ声。その声の方向にゆっくりと視線を動かす。怖い。もう逃げられない。ここで犯され、ここで死ぬのかな。漠然とそんな事を思った。


 だけど、視界の先には刀を持った広い背中の男性が立っていた。足下にはゴブリンの死体がふたつ。ヤバい、あたし、初めての感情が湧き上がる。

 ドキドキ、ドキドキ。鼓動がどんどん早くなる。ピンチに助けてくれた王子様だ。命と貞操のピンチに駆け付けて、身体を張って戦ってくれる人にときめかないとか有り得る?

 でもその恋は、男性が振り返り顔を見た瞬間に儚く終わった事を理解してしまった。地球上最速の失恋かもしれない。

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