第32話 覚醒しないとダメっぽい

 まだ明け方前。オークの軍団との戦いで疲労困憊の僕達は、アンジェリーナさんを仲間に加える事を確認したところで大型スーパーから撤収した。

 僕の車の後部座席に乗った彼女は大騒ぎだったけど。何しろアンジェリーナさんが暮らしていた世界にはエンジン的なものが無かったらしい。僕達が科学の恩恵を受けているように、彼女達の世界は魔法の恩恵を受けて文化が発展してきたようだ。

 聞いた感じでは、どちらがいいとは一概には言えないように思ったけど。


「ところでアンジェリーナさんは、こちらに来てからモンスターを倒しましたか?」

「ジェリーでいい。突然見知らぬ世界に連れて来られて混乱していたのと、モンスターの数が多かったので、逃げる事を優先した」

「力はどの程度使えますか? 認識を阻害したり能力を解析する魔法を妨害出来るようですが」

「……少し試してみないと分からない。万全なら風を操る魔法と植物を操る魔法は使えるはず」

「今日はゆっくり休みましょう……ところでリオンさん?」

「ひゃ、ひゃい!?」


 コミュ障全開のリオンさんは空気に成りすましていたつもりらしいがそうはいかない。


「ジェリーに家の事……お風呂やトイレとか、あとは家電の使い方を教えてあげて下さいね?」

「あ、あたしが?」

「もちろん。ここは女同士でお願いしますね?」

「う、うう……」


 なんだか心配になるけど、ここは乗り越えてもらわないとなぁ。別に無理して克服しろとは言わないけど、仲間内では普通に会話を出来るくらいにはなって欲しいよね。


***


「お風呂、素晴らしかった」

「……」


 ほんのり肌を桜色に染め、艶やかな金髪をタオルで纏めてうなじが露わになっているジェリーさんがなんだか艶めかしい。

 リオンさんもお風呂に一緒に入ったみたいだけど、こちらは酷く疲れた顔をしていた。裸の付き合いはまだハードルが高かったみたいだ。


 ちなみに、ジェリーさんにパーティ勧誘をしてみたけどダメだった。やはりモンスターを倒していない為覚醒していないという扱いになってしまうのか、彼女自身もメニュー画面を開いたりすることが出来ないらしい。

 こうなると説明が面倒くさい事になるんだけど、話さなければ始まらない事なので、僕はジェリーさんにこのゲーム染みたシステムの事を説明した。


「ではこちらのニンゲンは『覚醒』しないと魔法も使えないし戦う事も出来ない?」

「う~ん、戦う事は出来るだろうけど、魔法は使えないですね」

「むう、不便」


 どうやら彼女の世界では、魔法は身近なものだし、モンスターや獣と戦うのも日常茶飯事だったらしい。だからある程度の年齢になれば、種族や性別に関わらず魔法や戦闘技術は覚えさせられるという。おっかない世界だな。まあ、それだけ危険と隣り合わせの世界だったんだろうけど。


 このあと、僕とリオンさんの自己紹介ついでに取得しているスキルを説明した。ジェリーさんはスキルの性能云々よりも、取得している数に仰天している。


「トウジとリオンは大賢者とか勇者?」

「「は?」」

「普通、ニンゲン族は多くてもみっつくらいしか特技は取得出来ない」


 特技というのがスキルの事なら分からなくはない。普通はスキルを取得したらそれを成長させていくから、余計なスキルを取得する事はないだろう。みっつというのは極めて現実的な数じゃないかな?

 ちなみに数多くのスキルを取得した人はいないのか聞いてみたら、いた事はいたらしい。でも、どれも中途半端に使えない感じになってしまい、結果、役立たずの烙印を押されてしまったという事だ。その経験則から、特技はあまり多く覚えるのはご法度という事になっているんだとか。


 しかし例外はある。それがエルフのような長命種だ。これは理由は分かるよね。長生きするからスキルを育てる時間があるという事だ。だからスキルを多く取得してもそれなりに使えるレベルまで育てる事が出来る。

 それからジェリーさんが言った大賢者や勇者という存在。稀に、常識から外れた存在が出現するらしい。それは人間からだけではなく、様々な種族から生まれる可能性があるという。それは出自がはっきりしている者もいれば、ある日突然世界に現れたかのような人物もいたという伝承があるとか何とか。


「異世界転生とか異世界召喚みたいよね、その勇者とか大賢者って」

「確かに。チートを持って無双するやつですよね、それ」


 ジェリーさんの話を聞いて、僕とリオンさんは頷き合う。言うなれば、今回はジェリーさんはチート持ちがいる世界に転移してきた、そんな感じだろうか。


***


 ~???~


 飛ばされる場所は全くのランダム設定なのに、まさかがファステストキラーと接触するとはね。

 は、今の所いい方向に予想を裏切る展開になっている。君なら、この私に安息の時をもたらしてくれるだろうか。

 今まで数千、数万もの失敗を見てきただけに希望は捨てていたのだけれど、今回は期待してしまうよ。早く、私を助けてくれると嬉しい。


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