第31話 食べ物で釣られるエルフさん

 家電コーナーから、レンジやら延長コードやら卓上照明、湯沸かしポットなどを持って来て、こたつの上には思い思いの料理を並べた。料理と言っても、コンビニやスーパーにある、チンして温めたりお湯を注いでかき混ぜるだけとか、そんな感じのヤツだ。


「あ、そのドリアおいしそうですね」

「あ、一口食べる? そっちの牛丼も美味しそうね?」

「じゃあ一口どうぞ」


 僕達はなぜか自然にシェアしてるんだけど、つい先日までは雰囲気最悪の仲だった。それがわずか二、三日で『あ~ん』しあう仲になっている。人間、腹を割って話すなり、本性を晒すなりしないと分かり合えない事もあるんだなあ。


「あ、目覚めたみたいですよ」


 ベッドの上から視線を感じた僕は、小声でリオンさんに話しかけた。


「まあ、おいしそうな匂いに釣られたんでしょ。まあ、ほっときゃいいわよ。こっちはデザートでもいかが? はい、チーズケーキ」

「そうですね。じゃあリオンさんにはこれを」

「わあ! カヌレだいすき!」


 そんな感じで、敢えてエルフさんはスルーして、僕らは食後のデザートを楽しむ事にした。スイーツの甘い香りとコーヒーの香ばしい香りが辺りに漂う。

 ベッドの上にいたエルフさんは、いつの間にかベッドの向こう側に隠れ、目より上だけを出してこっそりこちらを窺っている。

 僕らは素知らぬフリをして、食後のデザートを頬張っていく。


「うわ、舌の上でとろけますよこれ」

「こっちも外はカリッカリ、中はモッチモチ。おいしい~♡」


 もちろん今の言葉もエルフさんの気を引く為にわざと大きめの声で話している。

 だけど今の彼女は索敵に引っ掛かっていないんだよね。眠っている時はちゃんと反応はあったのに。これを踏まえると、彼女は鑑定を阻害するスキルを発動していて、それは常時発動型であること。そして僕らも使う隠形スキルと似たような効果がある、索敵に抵抗する類のものを使っていること。でもそれは眠っていたり、意識が無い状態では切れてしまうのではないだろうか。

 鑑定と索敵を無効化する事から、僕達はそう推理した。当たらずといえども遠からず。そう考えている。


 ――きゅるるるぅぅ


「「!!」」

「(びくっ!)」


 その時、結構大きな音で可愛らしい腹の虫が鳴いた。僕とリオンさんは阿吽の呼吸でエルフさんを見る。ビクッとしたエルフさんと目が合った。


「言葉、分かります?」

「(コクコク!)」

「食べますか?」

「(……コク!)」


 エルフさんは少し逡巡したようだが、空腹には耐え切れなかったようで、おずおずとこちらに近付いて来た。こたつに入るよう促すと、コクリと頷いて僕達と同じ様に座った。


「何か食べられないものとかありますか?」


 僕は時空間収納から適当に食べ物を出してエルフさんの前に並べた。フルーツサンドにカツサンド、それからミルクティー、プリン。特に食べ方の説明をする必要もないラインナップだけど、ペットボトルは首を傾げていたので、キャップを回して開けて飲む事を説明した。

 尚、リオンさんはこの間ずっとコミュ障を発動していた。


 余程空腹だったのか、無言でひたすらに食べ続け、完食したあとも物欲しそうにこっちを見ていたので、さらに悪戯心で麻婆丼をチンして差し出すと、興味津々に見つめたあと、恐る恐るスプーンで一口頬張った。


「――ッ!!」


 勝手なイメージだけど、エルフってあっさりしたものを食べてる感じがしてた。だから激辛なヤツを勧めてみたらまさかの食いつき。


「ふぅ……」


 見事な食いっぷりのエルフさんに、午後のストレートな紅茶を勧めると、それも飲み干し、ようやく満足したようだ。


「ありがとう、ニンゲンさん」


 ここでようやくエルフさんの声を聞く事が出来た。見た目は十代後半くらいのえらい美人さんだけど、声は中々のハスキーボイス。まあ、見た目通りの年齢でもないんだろうしね。


「僕はトウジ。こっちの女性はリオンさんです。人見知りが激しいだけで優しい人ですよ」

「……アンジェリーナ。エルフ族」


 うん、そこまでは鑑定で見て知ってた。知りたいのはなぜこんな場所にいたのかって事だ。もしかしたら、突然モンスターが現れた事にも関係があるかも知れない。というか、絶対無関係じゃないだろう。色んなヒントが得られる可能性がある。だから僕は友好的に接している。

 モンスターと違って意思疎通が出来るだろうしね。このあたり、リオンさんとの色々なアレでかなりポジティブになった気がする。


「どうしてこんな所に?」

「……分からない。森で狩りをしていたら、辺りが急にダンジョン化して。気付いたら周囲にオークやゴブリンが沢山いた。気配遮断の魔法を使いながらここまで逃げてきた」


 ダンジョン化?

 まさかとは思うけど、この世界がダンジョンになっちゃったって事なのか?

 いや、そもそもこの世界にエルフやモンスターはいない。それなら、そのダンジョン化したどこかの世界が、僕達の世界に紛れ込んだとか?


「アンジェリーナさん、あなたが気付いたところは何処でした?」

「……うーん、鉄の、馬がいない箱馬車がたくさん繋がっていた。そこにはたくさんのニンゲンがいて、たくさん殺されていた。あんな場所は見た事がないし、そこから逃げる時に見た景色も全く馴染みのないものだった」

「「……」」


 それを聞いた僕とリオンさんは顔を見合わせた。


「駅でしょうね」

「駅だね」


 もしかしたら、駅の中はダンジョンになっているのかも知れない。これは、ダンジョンというものに関して、詳しく聞いてみる必要がありそうだ。


「この先どうします? 僕達と一緒に来ますか?」

「……また美味しいの、食べさせてくれる?」


 このエルフ、食いしん坊キャラか。


「数に限りはありますが」

「うん、じゃあ一緒に行く」


 エルフのアンジェリーナさんが仲間になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る