第59話 理想の前に現実は無力
「ね、トウジくん」
「なんでしょう?」
第二階層でオークブレイダーとオークウィザードを倒し、その他にもトライアイズウルフの上位種であるトライアイズファングの群れを大量に倒したところで、日も暮れてきたので渡線橋へと戻って野営をしている。
僕達が戦闘をしている間のジェリーさんは、探し物があるとかで第一階層と第二階層を行ったり来たりしているようだった。
探し物なら僕らも手伝うと言ったのだけれど、『二人は戦闘に集中してレベルを上げて』との事だったのでお言葉に甘えさせてもらった。なので彼女が何を探しているのかは分からないけど、ダンジョンでしか入手できないものであるらしい。
そんなジェリーさんにはぐっすり眠ってもらっている。その探し物とやらを捜索するのに随分と体力を使ったらしく、今はテントの中でぐっすりだ。
「あんな美人のエルフがぐっすりなのに、寝込みを襲いたいとか思わないの?」
「いやですよ。絶対僕死ぬやつじゃないですか」
レベル20のステータスを見たら、そんな邪まな気持ちなんて吹っ飛んでしまう。何かの主題歌じゃないけど、指先ひとつでダウンする自信があるよ。
「じゃあ、あたしは?」
「……」
それは答えにくいなあ。
「会社でのあたしの態度から考えれば、対象としてあり得ないのかな、やっぱり」
寂し気に視線を落としながらリオンさんが言う。
彼女を助けて以来、僕とジェリーさん限定ではあるけどコミュ障は鳴りを潜めていい感じになってるし、僕との距離を詰めようと頑張ってる感もすごく表に出ている。
何なら身体を張るのも厭わない感じだし、今回のウェア無しのバトルスーツのみで戦う縛りだってお色気作戦の一環だ。
流石にそこまでされると会社にいた頃の蟠りも殆ど消えている。僕がその気になれば彼女を抱けるだろうし、彼女もまた拒まないで受け入れてくれるだろうね。だけど僕がそこに踏み込まないのは僕なりの青臭い決め事があるからだ。
「新人研修の時の態度は確かに酷かったですけど」
「うぅ……ごめんなさい」
「有りか無しかで言えば、全然有りなんですけどね」
「じゃあ!」
食い気味だな、リオンさん。
「僕、決めてるんですよ。そういう事をするのは僕が相手を愛してて、相手も僕を愛してる事。そうじゃなきゃイヤなんです」
青臭い決め事っていうのはそういう事だ。自分でも分かってるんだけどね、バカバカしいって。据え膳がそこにあるなら食えばいいのにって思う事もあるし、どうしようもなく昂る時もある。
だけどリオンさんに僕への愛情があるかっていうと、よく分からない。妹さんへの復讐のために僕を利用しているのもあるんだけど、僕を必要としているのは僕個人じゃなくて僕の武力じゃないのかなってね。
「……あたしね、つい数日前に初恋をしたんだ。二十代も半ば近くになってやっとだよ。笑えるでしょ?」
寂し気に俯いたままのリオンさんが呟く。
「でも、その初恋は秒で終わった。大ピンチに助けてくれた白馬の王子様の後ろ姿に恋をして、そしてその王子様が振り向いた瞬間に恋は終わったの」
「顔、ですか?」
「ううん、違う。大ピンチに助けてくれた人の容姿なんて関係ない。振り向いたその人は、あたしが辛く当たってた人だった。酷い事をしたあたしに、王子様を愛する資格なんてない。だからいくら想いを寄せても叶うはずのない初恋」
僕は黙って耳を傾ける。
「でも王子様は酷い事をしたあたしに、とても良くしてくれた。それなのにあたしは、そんな王子様を利用して自分の妹の仇を取ろうとしている。そんな自分の恋が報われていい訳がない」
ここまで言われたら僕でも分かる。恋心と懺悔の心と、謝罪と感謝、色んな感情が混ざり合った、とても複雑な好意を自分でもどうしたらいいのか分からず、持て余しているんじゃないかな。そしてその相手がこの僕だ。
「リオンさんはその人を愛しているんですか? 復讐に利用してるとかそういうのを抜きにして。そうですね……復讐が終わっても、その人を愛し続ける事が出来ますか?」
僕達の会話は、お互いに下を向き、目を合わせないようにして続けられていた。
「あたしがあたしでいられるのは、トウジくんの前だけだもん……そして、人と一緒にいる事が幸せだっていうのを分かっちゃったあたしは、もう戻れない。あたしには、ずっとトウジくんが必要なの」
スクッとリオンさんが立ち上がった気配がした。
そちらに視線を向けると、バトルスーツを解除し一糸纏わぬ姿になったリオンさんが、恥ずかしそうに胸と下腹部を隠しながらこちらを見ていた。
***
「えへへ……」
渡線橋の壁に背中を預け、座る僕の腕の中に小さなリオンさんがいる。その彼女が振り返りながら僕を見上げてあどけなく笑う。
「だいすき」
そんな一言に思わず頬が緩む。
「トウジくんは、ゆっくりあたしを好きになってくれればいいよ。あたし、愛されるように頑張るから」
「あー、うん。あんまり頑張らなくても大丈夫かな?」
はにかみながらの笑顔の破壊力に、僕はそう返すのがやっとだった。何しろ青臭い自分の誓いを彼女に簡単に破壊されてしまった。そして、こういう関係になってから愛しさが増す事を知った。
その時テントでガサゴソと物音がした。そしてジェリーさんがひょっこりと顔を出す。
「えーと、いいところをゴメンね? 朝まで我慢しようと思ったけど、もう膀胱のキャパシティを超えそうで……」
「早く行ってください!」
「ご、ごめんね! おちっこ!」
ジェリーさんは内股で急いで走るという高等技術でどこかへ走って行った。色々台無しだよ……
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