第60話 禁忌のスキル

 駄エルフが用を足しに行っている間に、僕とリオンさんは身なりを整え、彼女の洗浄魔法で身を清めた。これで証拠隠滅完了。さっきまでの事はジェリーさんの夢だとか言って言い逃れる事で意見が一致。

 雰囲気が盛り上がってしまったとは言え、すぐ近くでジェリーさんが眠っているにも関わらずいたしてしまった事は痛恨の極みだ。

 だけどパーティでダンジョンに籠って寝泊まりしている現状、プライベートなんて無いようなものだし、何か考えないといけないなあ。


 僕がそんな事を考えている間、リオンさんが中空に視線を彷徨わせていた。アレは網膜に映るメニュー画面を操作している時の目だね。傍から見るとちょっとイッちゃった感じの視線であんまり直視したくない絵面なんだけど、あんな事をした後だとそれすらも愛おしく感じてしまうのは恋愛脳になってしまったのだろうか?


「ね、トウジくん。スキル一覧の中に、スキル名が灰色になってて取得出来ないものがあったよね?」

「ああ、そう言えば……」


 言われるまで気にも留めていなかったけど、確かに消費SPは満たしているのに取得出来ないスキルがあった。スキルレベル1の初期値では、最大でもSPを100ポイント消費すれば取得出来る。今の僕らにSPの問題で取得出来ないスキルは無いと言っていい。

 だけど開放されていないスキルがあるという事は、何等かの条件を満たす必要があるという事だろう。


「あたし、バトルスーツやサブマシンガン出してもらったり、合成で武器のランクを上げてもらったりしてるけど、あたしからトウジくんに、何もしてあげられてない」

「……」


 僕的には、背中を任せて一緒に戦える、唯一信用している相手だ。別にそんな負い目なんて感じる必要はないし、何ならもっと強くなってもらった方が助かる。さらに言えば、死んで欲しくないし死なれたら困る。


「だから本当なら、トウジくんの役に立つようなスキルと取るべきだと思うんだけど……」

「……いや、別にリオンさんが取りたいスキルを取ればいいんじゃないですか?」

「……ううん、あたしだって助けられた恩には報いたい。だけど、これが最後の我がままだと思って許して欲しいの」

「一体どうしたんです?」


 さっきまで僕達は愛し合っていた。その事が彼女に何かの決意をさせたんだろうか?

 それにしても、そんな決心が必要なスキルって一体……


「トウジくん、気付いてる? 生体レベル10になったら開放されたスキルがいくつかあるんだ」

「え? それは気付いてなかったです」


 既に取得したスキルのレベルを上げる方に重点を置いてたからなあ。

 でも、リオンさんがそれに気付いてたって事は、前からそのスキルが開放されるのを待っていたって事か……?


「お願い、嫌いにならないでね?」

「もちろんですよ」

「そのスキルは――擬魂ぎこん魔法」


 擬魂魔法?

 僕はスキル一覧を見てそのスキルを探し出し、詳細説明を読んでみた。


「死体に仮初の魂を注入し、蘇らせる魔法――?」


 なるほど、これはリオンさんが色々と打ち明けるのを躊躇する訳だ。言わば死者蘇生みたいな、ちょっと禁忌を破るとかタブーを犯そうとしているイメージが強い。


「そう、そしてトウジくんにお願いがあるの。今から出すに治癒魔法をかけて欲しい」

「……分かりました」


 ここまで聞けば彼女が何をやろうとしているのか分かる。僕はそれを止められない。それは彼女の譲れない目的なのだろうから。


「ごめんね。ありがとう」


 そう一言告げてから、リオンさんは時空間収納から大切そうにあるものを取り出して、ゆっくりと渡線橋の床に横たえる。


 それは一人の少女だった。衣服は乱れ、あちらこちらに酷い怪我を負っているように見えるが、身体も服も汚れてはいない。多分、リオンさんが洗浄魔法を使ったのではないだろうか。

 明るい栗毛のショートカットは活発そうな印象を受けるが、顔色は白く全く血の気がない。リオンさんより身長は高そうだが、どことなくリオンさんの面影があるような気がした。


「……妹さんですね」

「うん、莉麻りまっていうの。まだ17歳だったんだよ。あたしに似て可愛いでしょ」


 優しい笑みを浮かべながら、リオンさんは莉麻さんの髪を撫でていた。


「……治癒魔法を掛けます」


 遺体に治癒魔法を掛けて何の意味があるのかと思われるかも知れないが、リオンさんは妹さんの痛々しい姿を治してあげたい。それだけの事なんだろう。これで生き返るとは思っていないだろうし。

 僕が治癒魔法を掛けると、痛々しい傷跡も折れた腕も、綺麗に元通りになっていく。治癒魔法は死体の傷も治せるのが確定した。


「綺麗になりましたね」

「うん、ありがとう。でも年頃の女の子の肌、あんまり見ないでね?」

「あ、すみません」


 僕の中ではまだ、生きている人間ではないという認識があったせいか、そういうデリケートなところに気が付かなかった。

 僕が目を背けると、リオンさんが笑いながら言う。


「見たくなったらあたしがいつでも見せるから。ね?」

「あ、ハイ」

「それじゃあ、スキル取って、やっちゃうね」


 この擬魂魔法、なんとSP消費が100ポイント。僕の万夫不当と同じだ。これは取得した後もレベル上げに苦労するなあ。


「奮発してスキルレベル3まで上げちゃった」


 リオンさんの称号効果をもってしてもSP消費450ポイント。ギャンブル要素があるスキルにしては思い切ったと思う。それだけ莉麻さんの事を大切に思っていたんだろうね。そして遺体を大切に保管していた事から、いつかはこうするつもりだったんだろう。


 リオンさんは莉麻さんに手を翳す。淡い光に包まれた莉麻さんの身体が、徐々に血の気を取り戻していくように見える。

 その間スキルの詳細を読んでみると、どうやら擬魂を注入した個体の強さは、初期値においてのみスキルレベルに依存するが、その後は経験を積ませる事により勝手に成長していくらしい。まあ、初期値が高い方が早く成長する訳で、スキルレベルが高い方がいいに越した事はない。

 つまり、うまく教育すれば優秀になるし、間違った教育を施せば落ちこぼれになる可能性もあると。とは言え、かなり優秀な人口知能にも匹敵する学習能力があるようなので、余程おかしなヤツが『先生』じゃない限り、平均値くらいの個体になるんだろう。


 やがて、莉麻さんがゆっくりと瞼を開き、上体を起こした。それをリオンさんが涙ぐみながら見ている。


「莉麻! 莉麻ぁぁぁぁ!」


 そして感情が決壊したように、莉麻さんを抱き締めるのだった。

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