第52話 パンの木

 夕食を終えたあと、疲労困憊の僕とリオンさんはそのまま眠ってしまった。またジェリーさん一人に寝ずの番を押し付けるのは心苦しかったが、『ちゃんと寝てるから大丈夫。私の魔法は優秀』と仰るので、お言葉に甘える事にした。


 翌朝起きると、ジェリーさんが少しモジモジしながら僕に話しかけてきた。


「トウジ、まだお尻痛い。治癒魔法かけて」


 そう言ってこちらにお尻を突き出してくる。非常に煽情的なポーズだけど、さすがに二日間にも渡ってダメージが残っているのは可哀そうなので治癒魔法をかけてあげた。


「う、ん……」


 でも艶めかしい声を出すのはやめて下さい。


 そして朝食を摂りながらの会話。


「結局、ゴブリンキングだけでアリの親玉は出てきませんでしたね」


 そう、元々僕達がダンジョンから撤退しないで駐在したのは、アリの軍勢がダンジョンの外に出て、外の世界で巣作りするのを止める為だった。


「うん、恐らく次のエリア以降にいると思う。このエリアのボスはゴブリンキング。通常のダンジョンでは、ひとつのエリアに2体のボスがいるのは有り得ない。そしてゴブリンキングもアントクイーンも、どちらもエリアボスクラスのモンスター」

「そっか、つまりこの1番線が第一階層って訳ね」


 なるほどなぁ。リオンさんの補足で納得出来た。横方向に広がっているけど、ダンジョン化したこの駅は奥のホームに行けば行くほど深い階層になる平面型のダンジョンであり、そしてそこにいるモンスターも強力になっていくって事なんだろう。

 さらに言えば、最弱と言われるゴブリンの最上位種が第一階層の番人だったって訳だ。


「ところで、まだ食料は大丈夫?」


 右手にあんぱん、左手にカレーパンを持ち、交互に頬張りながらジェリーさんが聞いて来る。少なくとも食糧事情を気にしている人の食べ方じゃないし、また辛いの食べてる。


「僕達3人だけなら、あと数か月は大丈夫ですよ」


 僕はそう答える。

 モンスターが出現するようになってから随分経ったような気がするけど、実はまだ数日前の事だ。その数日のうちに無人になってしまったアーケード街や、スーパーマーケットで処分に困った生の食材なんかを大量に確保しているからね。


「そうなのね。でも一応教えておく。この大木、パンの木っていうの。あの茶色い木の実、食べられるわよ。味は、まんまパン」

「「え?」」


 駅の中がダンジョン化していつの間にか生い茂っていた草木の中でも一際大きい木が何本かある。屋久島の杉くらいのスケールがある大木だ。僕達はその大木の根本にテントを張っている。


「食べてみる?」

「「(コクコク)」」


 僕とリオンさんが頷くと、ジェリーさんが風魔法でいくつか木の実を切り落としてくれた。

 茶色い拳大の木の実。とても軽く、ちょっと焼きが長すぎたシュークリームみたいな見た目だ。手に持ったそれを、解析スキルで見てみる。


【パンの実:パンの木になる実。食用】


 なんて簡単な説明なんだ……


 一口齧り付いてみる。表面はパリッとした薄皮があり、中身はしっとりとした白い果肉だ。多少スカスカした食感だけど、噛むほどに甘みが出て来て決して不味いものではない。というか、これはもうパンでいいと思う。


「ね? パンでしょ? この木はダンジョン内でしか生きられなくて、しかもダンジョンの中を探索する人達の貴重な食料になるの」


 そうか。街の食糧事情は良くないし、いずれは自給自足の算段を付けなくてはいけないだろうね。その時、このパンの木は無くてはならない貴重な食料源になる可能性がある。

 食材として肉をドロップさせるオークもいるし、もしかしたら野菜や果物なんかもダンジョンで取れるかも知れない。やっぱり覚醒者を育ててダンジョンを探索させる方策を考えるべきなんだろうなぁ。

 続いて、パンの木の方も解析をかけてみた。


【パンの木:ダンジョン内に生息する巨大な木。毎日数百ものパンの実を生成する。木の実は食用に適しているが、通常三日ほどで腐敗が進行する。尚、ダンジョン内でもこの木の生息数は少ない】


 なるほどなぁ。少なく見積もっても、この木が一本あれば百人程度の食糧は賄えるのか。それなら、僕らが独占するには胃袋が小さすぎるよね。


「トウジくん、どうするの?」


 隣でリオンさんが見上げてきた。このパンの実を独占するのか、情報を開示するのか、そこを言っているんだろう。


「ある程度収穫したら、情報を開示しましょう。独占したがる連中も出てくるでしょうけど、そこまでは面倒を見るつもりはないです。ただ、僕達が独占するのも何か違う気がします。そもそも僕が持っている食料だって、この街で犠牲になった人達の持ち物だった訳で」

「ふふっ、罪滅ぼしって事? (・∀・)」


 リオンさんの顔、なんかイラッとするけどまあいいや。ちょうどいい具合にお客さんが来たみたいだし。


「トウジ、四人」


 ジェリーさんも捕捉したみたいだ。こっちに近付いて来る四人の反応を。


「大丈夫ですよ。顔見知りです」

「えっ」


 四人が来ると聞いてリオンさんがテントに引っ込んでしまった。僕とジェリーさん以外に対してのコミュ障は相変わらず深刻だな。


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