第037話 今日の敵は今日の友

「おいおい、蛍。俺は誰にも取られたりしないぞ。な?」

「ぐすっ……」

 

 泣きだした蛍を宥めて頭を撫でる。


 まさか俺が來羽の料理を食べただけで泣き出すとは思わなかった。どうやらまだまだ両親を一度に亡くした時のことは妹にとって忘れ去ることのできないトラウマになっているみたいだ。


 ただ、折角桜を見に来たのに泣いて過ごすのは勿体ない。


「お兄ちゃんお腹減っちゃったなぁ……誰か食べさせてくれないかなぁ?」


 お弁当を持ったまま泣く蛍に聞かせるように呟く。


「ぐすっ……ぐすっ……」


 しかし、まだ泣き止みそうにない。


「はい」


 そこでも空気を読むことなく、料理を差し出してくる來羽。しかし、これ以上彼女の料理を食べさせてもらうのはマズい。


「誰か可愛い可愛い料理を食べさせてくれる妹はいないかなぁ? このままじゃお兄ちゃんまた別の料理を食べちゃうぞ?」

「ぐすっ……それはダメ……」


 若干荒療治ではあるが、危機感を煽ることで無理やり戻ってこさせる作戦。


「はい、お兄ちゃん……あーん」


 それは功を奏したようで、蛍は涙があふれる目をゴシゴシと服で拭い、自分の膝の上に乗っている弁当を手に持ち、目を腫らしながらも先ほど食べられなかっただし巻き卵を差し出してきた。


「あーん。あむ」


 今度は猫に食べられることもなく、だし巻き卵を口の中に放り込んだ。


 じゅわっ。


 口の中に和風の出汁汁と卵の甘みが広がる。巻具合も焼き加減も丁度良く、妹の料理力の高さがうかがえる一品だ。


「どう? 美味しい?」


 妹が少し不安そうに尋ねる。


 やはり先に來羽の料理を食べたので、彼女の料理よりおいしくないんじゃないかと怯えているのかもしれない。


「もぐもぐっ。ごくっ。ああ、勿論だ。やっぱり蛍の料理は最高だな!!」


 俺がサムズアップしてニッカリと笑って返事をする。


「ホント?」

「当然だろ? 早起きして作ってくれた妹の手料理がマズいわけがない」


 まだ心配そうな妹の頭をぐしぐしと撫でて安心させるように笑う。


「やった。嬉しい」


 俺の言葉にようやく顔を綻ばせる妹。


「はははっ。そうだぞ。もっと食べたいなぁ?」

「分かった。はい、お兄ちゃん」


 釣られるように笑いながら妹にねだるように問いかければ、妹は別の料理を差し出してきた。


 次の料理も絶品だった。


「むむむっ。それじゃあ、はい、あーん」

「え?」


 俺が妹の料理ばかり食べてしまい、自分の料理が宙ぶらりんになって少し不満げな表情になっている來羽の顔が見える。


 すまない!! 俺は妹にこれ以上悲しい思いをさせるわけにはいかないんだ。


 來羽に心の中で謝りながら再び差し出された一品を口に入れて味わう。


 ただ、何を思ったのか來羽は料理を蛍に差し出した。妹は敵視している相手の思いがけない行動に目を丸くする。


「あーん」

「あ、あーん。はむっ。もぐもぐっ。ごくんっ。こ、これは!!」


 そんな困惑する蛍も構わずにずずずずいーっと詰め寄る來羽。妹はそんな圧力に耐えかねて來羽の料理を口に入れる。


「美味しい!!」


 そして咀嚼して飲み込んだ後、目をカッと見開いて叫んだ。


「そう? ありがと」

「なんなんですかこれ、なんなんですかこれ? 冷めてるのに味が全然落ちていません!! どうやって作ってるんですか!?」


 ほんのり満足げな表情を浮かべる來羽に、妹は弁当を置いて目を輝かせ、來羽に詰め寄った。


 どうやら同じ料理好きとして來羽の品に感じ入ることがあったらしい蛍。急激にテンションを上げていた。


「大したことはしてない……ちょっと作り方を変えてるだけ」

「そんなことできるんですか!! 教えてください!!」


 來羽がぶっきらぼうに答えるが、今後は蛍の方がそんなものしったことではないと詰め寄る。


「分かった。でも無料タダはダメ。蛍の料理も教えて」

「え? 私のですか?」


 來羽が出した交換条件は妹にとって不思議なものだったようだ。


「そう。泰山が美味しそうに食べてるし、和風料理はあまり作ったことがない」

「なるほど。そんなことでいいなら勿論いいですよ」

「それじゃあ契約成立」

「はい」


 お互いで話がまとまり、二人はガッシリと手を握り合う。


「はい。それじゃあ早速これを食べてください。はい、あーん」

「あーん」

「美味しい」


 二人は料理を通していつの間にか何故か仲良くなっていた。


 俺のこれまでの心労はなんだったのか……。


 まぁ妹が楽しそうにしているからいいか……。


 嬉しそうに笑う妹の顔を見てそう思った。

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