第031話 えへへ、きちゃった
「お兄ちゃん、準備出来たよ!!」
「おう」
蛍はこの日のために朝早くから弁当の料理を作っていた。いったいどれだけの量を作るのかと思い、完成した料理を取りに行ったら、元々家にあった五段の重箱はいっぱいになった。
一体どれだけ食べさせる気なんだ!?
蛍の俺の胃袋への過大評価に驚愕する。
俺はその感情をおくびにも出さずにその重箱を手提げ袋にいれた。ただ、その手提げ袋は弁当だけで一杯になった。
俺は何も言わずもう一つ鞄を用意した。
「よし、行くか」
「うん!!」
準備を蛍は可愛らしいリュックを背負って元気に返事をする。一方で俺は両手に鞄を持ち、リュックを背負って家を出発した。
目指す場所は家から徒歩で二十分くらいの所にある公園。パトロールしている最中に見つけた。その場所はそれほど大きくはないが、人もそれほど来ていないようでいわゆる穴場なのではないかと思う。
「お兄ちゃん……手……つないでもいい?」
「ああ。勿論だ」
家を出て数分程歩くと、蛍はモジモジとしながらそんなことを言う。蛍が我儘を言うのは珍しいし、妹と手をつなぐことに否やはないので、手を差し出した。
蛍は嬉しそうに頬を朱に染めて俺の手を取る。
妹の小さな手の感触がする。いつも家のことを任せっきりになっているが、こんな小さな妹にやらせてしまっていることが少し申し訳ない気持ちになる。
「なぁ蛍。もっと色んなもの買ってやるからな?」
「どうしたの突然?」
嬉しそうに手を振って歩く蛍に声を掛けると、きょとんとした表情で俺を見上げてきた。
「いや、蛍には色々世話を掛けてるから少しでも楽してほしいと思ってな。今度掃除機とか見に行ってみないか?」
「うーん、別にいいかなぁ?」
俺としては蛍が楽をするため、話題のロボ型掃除機や乾燥機まである洗濯機、時短してくれる調理器具などを買いに行こうと思ったが、あまり乗り気じゃないらしい。
「どうしてだ?」
「だってお掃除って面白いし、綺麗になると気持ちいいもん!! それにお兄ちゃんに食べてもらうのを想像しながらお料理するの楽しいの!!」
「はぁ~!! 俺の妹は天使なのか!?」
俺は妹からの答えを聞いたら、顔を抑えて頭を振って盛大にため息を吐いた。
「何言ってるのお兄ちゃん。私はお兄ちゃんの妹だよ?」
俺の反応を不思議そうに見つめる妹。蛍は自分の魅力が何も分かっていなかった。
「蛍の気持ちは分かったけど、楽できるところはしようぜ。そしたらもっと料理やしたいことに集中できるかもしれないぞ?」
「そっか。確かにお兄ちゃんの言う通りかも。それじゃあ今度電気屋さんに連れてってね」
俺が道具を使うことの利便性を説いたら、妹は納得したように頷いてにっこりと笑った。
「分かってるって。最初からそのつもり、というかこっちから提案してるんだからな」
「わぁーい!! お兄ちゃんとまたお出かけできるの楽しみだなぁ……」
こっちから誘ったのに、自分の我儘みたいに言う蛍に苦笑いを浮かべつつも返事をしたら、妹は嬉しそうに喜んだ後で突然妹が何も言わなくなる。
「どうしたんだ?」
「なんか最近お兄ちゃんと一緒に居る時間が増えて嬉しいの。でもなんかこんな嬉しい事ばかり続いていいのかなぁって」
不安になって聞いてみると、どうやら最近いいことが重なるので漠然と不安になっているようだ。
俺の両親がある日あっさりと死んでしまったみたいに。幸せな日々が続くとそんな幸せが一瞬にして終わってしまうかもしれないという心配があるのだろう。
「はははっ。安心しろって。絶対蛍を置いてったりなんかしないし、これからはずっと楽しいことばかりだからな」
「ほんと?」
「ほんとのほんとだ。一杯楽しいことしような」
「うん!! 絶対だからね!!」
俺は6年分長く過ごしたせいでもうすっかり過去として割り切れるようになってしまったが、妹はまだまだ両親のことを引きづっている。
しかし、異世界から力を持って帰ってきた以上、妹にこれ以上辛い思いはさせはしない。
これから妹は毎日笑って過ごすのだ。
「なんでいるんですか!!」
しかし、そんな俺の願いもつかの間。俺と蛍がたどり着いた公園には、先客が二人いた。それは來羽とすみれさんだった。
來羽がいるのを見た途端、蛍の笑みは、ガルルと犬が威嚇するように警戒心を露わにした表情に変わってしまった。
「えへへ、きちゃった」
すみれさんがまるで彼氏の家に突然やってきた彼女のようなセリフを吐いて顔を赤くして笑った。
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