第012話 モブが体験できないはずの突発青春イベント
俺は気を逸らすことでムクリと起き上がろうとする男の魂を沈静化し、彼女の方を見る。
來羽が持っていたのは大きな包み。
彼女は俺とは反対側に包みを置いて開く。それは何段にも重なった重箱だった。
「よ、よく食べるんだな」
「うん、お腹すく」
俺は妹手製のモヤシがメインの弁当を食べながら困惑気味に問いかける。
今は制服によって隠れているが、來羽はかなりスレンダーな体型をしている。そんな彼女には不釣り合いなほどの量だ。俺でもあんな量は食べられそうにない。
それにしても色とりどりのおかずが入っていて凄く手間がかかっていそうだ。
「それ毎日作ってもらってるのか?」
「ん? 自分で作ってる」
「凄いな」
「基本的に前の日の残りだから。そうでもない」
気になって聞いてみれば、全部自分で作っているという。
まだ何度も会っているわけではないけど、あまりそういうことをするようなタイプには見えなかったので意外だった。
「いや、夜毎日作るのだって大変だろう」
「自炊は慣れてるから問題ない」
「そうなのか」
ただ、気になるのは夜も彼女が作っているという事実。
ウチのような事情がなければ、普通なら親が作ってくれるはずだ。彼女も何か事情があるのかもしれない。
まだ知り合ったばかりだから踏み込めないけどな。
「いただきます」
彼女は小さく食膳の挨拶をすると、重箱を一段スカートの上にハンカチを敷いて乗せてもぐもぐと食べ始めた。
食べ物を口いっぱいに頬ばっている彼女は、普段あまり変わらない表情を緩ませてとても幸せそうだ。
思わずそのギャップに見惚れてしまう。
「ん? 何?」
「あ、いや、なんでもない」
視線に気づいた彼女が不思議そうにこちらを向いて初めてそれに気づいて慌てて自分のご飯に戻った。
「な、なんだ?」
自分の弁当を食べていると今度は逆に隣から視線を感じる。1メートルもない距離からの視線は流石に俺でも気づく。
「食べる?」
彼女は自分の重箱をもって差し出してきた。
「いやいや、気にしなくていいから」
俺はブンブンと首を振って丁重にお断りする。
美味そうなので食べたいが、食い意地を張るのは恥ずかしい。それが美少女相手ともなれば尚更だ。
「これ食べてもいいよ、はい、あーん」
しかし、彼女は俺の意思を無視して箸で重箱に入っていた唐揚げをつかみ取り、俺の口元に寄せてきた。
これは俗にいうあーんという奴では!?
俺の人生に絶対ありえないと思っていた青春イベントが突然起こって戸惑いしかない。
「いらない?」
差し出しているのに全く口を付けようとしない俺に少し悲し気な表情で首を傾ける來羽。
いやいや、そんな顔しないでくれ。
「わ、分かった。あーん」
俺は周りの視線を気にしながらも彼女が差し出してきた唐揚げを口に入れた。
「~~!?」
その瞬間その美味さに驚く。
弁当だから唐揚げも冷え切っているにも関わらず、美味さがきちんと持続していた。ウチの妹に匹敵するほどの料理上手と見た。
「おいし?」
來羽がこちらを見てみて感想を求める。
「あ、ああ。美味いよ。こんなに美味いとは思わなかった」
「そう。それは良かった」
何も言わなかったことで不安にさせてしまったのかもしれない。俺は口にまだ残っているにも関わらずに味の感想を伝えながら、自分の弁当のご飯を掻っ込んでもぐもぐと食べて見せる。
それを見た來羽は安心したように頬を緩ませた。
ぐっ。彼女の微笑みは心臓に悪い。
「もっと食べる?」
「い、いいのか?」
「うん、いつもより一杯作ってきたから」
「そ、そうか、それじゃあいただこうかな」
俺が食べる様子を見ていた來羽は重箱を再び差し出した。
心臓がバクバクといっているが、來羽の弁当の美味さを知ると、もっと食べたいという気持ちが湧いてくる。
俺が恐る恐る確認を取ると、嫌そうな顔一つせずに來羽は頷いた。
せっかくの好意を無碍にするのもなんだから、俺はその厚意に甘んじていくつかのおかずを頂く。そのどれもがとても美味かった。
その結果、もやしばかり食べさせている妹にもっと贅沢させたいという気持ちがさらに高まることになった。
この時ばかりは性欲よりも食欲が勝っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます